第56話 浮気だぁ……
俺は海琴さんのバイト先に向かって走る。
間に合うか? バイトは何時からだ? 乃々華が行った時にはいるのか? そんな事を考えながら。
昼のアイツの行動を考えると、何をしようとしてるのかが分からない。
流石に強引な手は使わないとは思うけど……。
店の前に付くと中を覗く。カウンターに見える後ろ姿は乃々華。その後ろには同じ学校の女子が二人ほど並んでいる。そして乃々華の接客をしているのは──海琴さんだ。
なんてタイミングの悪い……。かといって感情に任せて叫びながら店内に入るわけにもいかない。極めて普通に。いつも通りに……。
確か、バイト先に恋人が出来たことはまだ言ってないって言ってたから、あくまで店員と客の立場で話さないといけないんだよな……。
息を整えて店内に入ると海琴さんと目が合う。そして小さく微笑んでくれたあと、再び乃々華の接客に戻った。
この感じだと特に何も言われてない……か?
そんな希望を抱きながら乃々華がいる列の最後尾に並ぶ。
やがて乃々華が会計を済ませて、トレーに乗った品物を受け取りながら後ろを振り向くと、俺と目が合った。
すると片手でスマホを弄りながら俺のすぐ近くに来る。
「あっ、キョウじゃん! なになに~? キョウも来てたの? はっ! もしかしてノノを追いかけて!? もうやだぁ〜ん!」
…………は? あれ? これは昨日までの乃々華と一緒……だよな?
さっきまでのはいったい……。
「ん、んなわけあるか!」
「そうなの? ノノしょんぼり……。ってそれは冗談だけどね。ノノは今友達と来てたんだ♪ 」
「そ、そうか……。じゃあ、友達待たせるのもマズイんじゃないのか?」
昼の事もあって今の乃々華とどう接したらいいのか分からない俺は、なんとなく距離を取るような事を言ってしまう。
「そうだね〜! ……でもその前に一つ。ねぇ、あの人がキョウの彼女なのよね? ずっと見てるもの」
「っ!」
そこで乃々華はいきなり昼の様な口調になってそんな事を聞いてくる。
「やっぱり。そういえば、歳上って言ってたわよね。十九歳の大学生だって」
「それがなんだよ」
「そう。女子大生なんだ。あの人」
「なんだよ。なんでそんなに繰り返して確認するんだ?」
そこで乃々華の声が小声になる。
「ん〜ん、別に? あ、話は変わるんだけど、再来週の日曜日にテニスの大会の予選があるのよ。良かったら応援に来てくれないかしら? たった今音原さんに聞いたんだけど、どうやら来てくれるみたいなの。だからキョウも蓮川くんと一緒に」
「何も用事が無かったらな」
「それってデートとか?」
「……そうだよ」
「そうよね。彼女が出来たんだから。でもね?」
「でも?」
そこで乃々華の声はこれまで以上に小さく、かすかに俺の耳に聞こえる程度の声量になると、俺の耳元に近付いてこう言った。
「その日はきっとデート出来ないわよ」
「な、なんでそんな事わかるんだよ!?」
「ナ・イ・ショ♪ じゃ、友達の所いくからまたね、キョウ」
「お、おいっ!」
俺が呼び止めても振り返ることなく店内の奥に歩いていく乃々華の姿を見ていると、突然声がかかる。
「次のお客様…………ど・う・ぞ?」
声の主は海琴さん。
いつの間にか列は進み、俺の番になっていたみたい。そして海琴さんの声と目が怖い。めっちゃ見てる。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、えっと……」
そして俺がカウンターの上のメニューを見て選んでいると、頭上から小さい声が聞こえた。
「(う、浮気だぁ……。付き合ったばかりなのに浮気されたぁ……)」
「(ち、違っ! ただの同級生ですってば)」
「(ただの同級生の距離じゃなかったぁ……)」
「(幼馴染だからですよ。俺が好きなのは海琴さんだけですから)」
ん? 返事来ないな。
そう思って顔を上げてみると──
「ご注文はお決まりになりましたかぁ〜♪ クーポン提示でセットがお安くなっておりま〜す♪」
……海琴さんはめちゃくちゃ笑顔になっていた。
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