第55話 初恋
電話をかける気になれなかった俺は、海琴さんにメッセージだけ送る。
〖すいません。時間とれませんでした〗
〖ん〜ん、大丈夫だよ! じゃあまた今夜ね♪ あっ! 今日も私バイト入ってるんだけど……来る?〗
〖あ、じゃあ部活終わったら行きます〗
〖うんっ! 待ってるね! じゃあお互い午後も勉強がんばろーね!〗
海琴さんからの返事を見て、スマホを再びポケットに入れた所で予鈴が鳴る。
そして、教室に戻ろうして階段を降りようとした時、後ろからドアが開く音がした。
いつも閉まっているハズの、立ち入り禁止の屋上へと続くドアの開く音が。
「あら? 師匠、まだいたのですか?」
「時雨? なんで屋上から……。それにまだって……もしかして聞いてたのか?」
「実は私、合鍵を持っているのです。筆が乗らない時の気分転換にと、部の顧問の先生からこっそり。内緒ですよ? そして質問の答えですが……ちょうどドアに寄りかかって座っていたので聞こえてしまいました」
「そうか」
時雨の事だ。また訳がわからないことを言ってくるのか? いつもの調子で。それに付き合う余裕なんて今の俺には無いぞ……。
「はい。では、私は次の授業の準備がありますので、ここで失礼致します」
「っ! あ、あぁ……」
「どうなさいました?」
「あ、いや……なんでもない」
さすがに、何も聞かないのか? なんて言えないな。これじゃあまるで俺が聞いて欲しいみたいに見える。別にそういうわけじゃないのに。多分。きっと。
「そうですか? では……あ、そうですそうです。師匠、一言だけ良いですか? 残酷なのは師匠にあんな事を言った人の方だと思います」
「なっ!」
「どんなに好意を抱いていても。例えどんなに昔から想っていたとしても、選ばれるのは一人なんです。それを自分じゃないから変えて欲しいと言うのは傲慢で残酷です。泣き喚いて気持ちを変えてもらうのではなく、変えさせればいいのです」
「し、時雨? お前……なにを?」
「私、先日水族館に行って迷子になりましたと言いましたね? 実はその時に思い出したのです。私の初恋を。……いじめられ、疎まれ、いっそ全て切り落としてしまいたいと思っていた髪を綺麗だと言ってくれた人を。私が今の私である為の新しい道を示してくれた人の事を」
時雨はそう言いながら俺の目の前に来ると、俺の手を掴んで手のひらに自分の髪を乗せた。
「師匠、私の髪、どう思いますか?」
「どうって……綺麗だと思うけど……」
「ありがとうございます。そう言ってくれたのはこれで二回目になります。やはり師匠は私の師匠になるべくして私の目の前に現れたのです」
「は、はぁ? いきなりなにを……」
「いいえ。なんでもありませんよ? たろちゃん」
「おまっ! その呼び方どこで!?」
「いくら師匠でもこれは内緒です。そうですね……師匠が決めた一ヶ月。その期限が終わる終焉の日に教えます。それでは」
時雨はそれだけ言って会釈をすると、ゆっくりと階段を降りていった。
俺が訳が分からないまま教室に戻ると、乃々華はすでに席についている。が、こっちを見ようともしない。
結局そのまま放課後になってモヤモヤした頭のままで部室に行くと、同じ一年の部員からこんな事を言われた。
「なぁ日野〜」
「あ? なんだよ」
「お前のクラスの華原ちゃんいるだろ? さっきその子に会ってさ? 俺達の部活終わりの食欲の女神、澤盛さんの事聞かれたんだけど、あの子あんなに大人っぽかったっけ?」
!?
「悪い。俺、今日サボる。上手く言っといてくれ」
俺はそれだけ言って部室から飛び出る。
──乃々華、お前なにするつもりだ!?
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