第31話 ガラス 彼女 俺
俺達はサバを見たあと、アジ、イワシと続いて鯛を見た。なんだ? スーパーの鮮魚コーナーでも見てるのか?
「私の家ね? 結構和食が多いんだ。お父さんがお魚好きだから魚料理も多いの。それで私も結構作ったりするんだよね。だから実はお魚捌くの結構得意なんだよ?」
「魚は切り身のままで泳いでると思ってる人もいるって前にテレビで見た事あるので、ちゃんと捌けるのは凄いですね。俺はどうも骨を避けて切るのが苦手で……」
「……へ? 日野くんも料理するの?」
「はい。母親が夜勤とかある時は俺が作ってますね。姉は料理できないので」
あ、でも最近は手伝いでならキッチンに入ってるな。簡単なものも覚えてきたし。この前の玉子焼きはおいしかったもんな。
「そ、そうなんだ……。日野くんも料理するんだ。──そうだよね。男の人だって料理するもんね……ちょっと作戦変更しなくちゃ……」
「作戦変更?」
「え、あ、ううん! なんでもないよ? 骨取るのって悪戦苦闘するよねっ! って!」
さすがにキッチンでそこまでのバトルはしないけども。そういうのは料理漫画の中だけだ。
「ですね。あ、ちょうど真上に大きい亀が来ましたよ」
「わ、ホントだ! お、おっきいね……。背中に乗れそう……」
「竜宮城から連れてきたんですかね」
「あははは! そうだったら凄いよね! あ、もし私があの亀に乗ったら乙姫になれちゃうかな?」
「澤盛さんが乙姫になったら困りますね」
「え? なんで?」
なんでって……。そんなの決まってるでしょーが!
「地上に帰る気がなくなって、ずっと竜宮城に居座ってしまいそうです」
「っ!? そ、そうなんだ……そっか……居座っちゃうのかぁ〜」
澤盛さんは余程嬉しいのか、隣でずっとニコニコしている。よし! 多分好感度アップ! ピロリン♪
その後、深海魚や熱帯魚。デカすぎるタコやイカを見て、少し開けた場所に移る。
その廊下の上にぶら下げられた看板には〖ペンギン&ラッコ〗の文字。
しかもちょうどお食事タイム!
「澤盛さん! 今ならご飯食べるところが見れますよ!」
「ホント!? やった♪ 行こ行こ!」
まだそんなに人が集まって無いこともあり、ガラスのすぐ前に場所を取ることが出来た。
そして始まる可愛い生き物による可愛いお食事タイム。ラッコはお腹の上で貝を割って食べ、間違って落としたのを潜って拾い、また海面に戻って夢中で食べている。
ペンギンは列を作って、飼育員の手から順番に直接魚を貰い、貰ったペンギンはもっと寄越せと言わんばかりに飼育員の足をぺちぺち叩いている。しかも複数で。
地味に痛いのか、少し涙目になってるのがなんか気になる。ふとその飼育員の名札を見ると、イルカ、ペンギン担当と書かれていた。
お前か!! あの飼育員は!!
「ふわぁぁぁぁ! かぁいいねぇ〜♪」
「そうですね〜」
ガラスに張り付いて見てる貴女も可愛いんですけどもね! っと、少し混んできたか?
少し背中を押された用な気がして周囲を見渡すと、さっきまでとは比べ物にならない数の人が集まっていた。
そして同時に俺の目に入ったもの。ニヤニヤした男が俺の右隣にいる澤盛さんのすぐ後ろに立っている。まだ触れてはいないけど、そのニヤニヤした視線は水槽の中ではなく、目の前の澤盛さんの体を見ているのが分かった。
「ちっ……」
ここに何しに来てんだよ。迷惑なんだよな。お前みたいな奴は!
「澤盛さん、ちょっとごめんなさい」
「へ?」
俺は今立っている場所から少し下がり、大きく右に一歩踏み出して澤盛さんとその男の間に入る。
だけどここで澤盛さんの体に触れたらそいつと同じ。だから俺は、腕を伸ばしてガラスに優しく手をついて、澤盛さんとの間に隙間を作る。[叩かないで下さいね]って書いてあるしな。
「ふぇ!? ひ、日野くん!?」
「(いきなりすいません。後ろの男が澤盛さんのことばかりをずっと見てたんです。何か起こる前にと思って、俺が間に入りました)」
騒ぎや揉め事になっても困るから、周りに聞こえないように耳元に寄り、小声でそう伝える。
「ひゃっ! そ、そうなんだ……。あ、ありがにょ……」
噛んだ!?
しかも耳も赤い。ん、わざわざ言わない方が良かったか? 失敗した。そりゃそうだよな。見られてたなんて言われたら恥ずかしいもんな。う〜む。好感度ダウン。
「か……壁ド……じゃなくてガラスドン……ガラスドンだぁぁ……」
へ? なんすかその怪獣みたいな名前。
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