第30話 サバ!

 駅に着いて電車から降りた後、俺は澤盛さんの隣を歩きながら肘をさする。未だに胸に当たった余韻が残っていた。


 いや〜マジで柔らかかった。ふよんふよんだった。

 電車が揺れる度に当たる当たる。むしろ当ててきてるんじゃないのか? ってくらいに当たる。足もずっと触れたまんまだったし。まぁ、途中で下車する人が結構いたせいか、その感触を楽しめたのは二駅分のみだったけど。


 だって、席に余裕が出来た後は離れちゃったからな。ちくしょう。

 けどその後、澤盛さんが顔を赤くしながら変なこと言ってたから、多分俺の腕が自分の胸に当たってたのは気づいていたかもしれない。

 ちなみにこんな事を言ってた。


「た、楽しみだね? キリンとかいるのかな!?」


 なんで?


 ◇◇◇


 そんな事を思い出しながら歩いていると、隣から声がかかる。


「日野くん? 肘どうしたの? さっきからずっと押さえてるけど」

「あ、さっき改札にぶつけただけですよ。大丈夫です」

「そっか。良かった」


 貴女のせいです。とは言えないので、適当な理由を付ける。感触を思い出してるのがバレたか!? って思ったけど、見た感じほんとに心配してるみたいだった。申し訳ないけど、こればっかりは言えないもんな。


 その後、駅から少し歩くと目的の水族館が見えてきた。シーガーデンと書かれたそこは、俺が昔行った時とはすっかり変わっていて、近代的な建物になっていた。

 あの頃はただ広くて、大きい水槽が並ぶだけだったんだよな。それなのに道は複雑で、よく迷子になった。

 一回だけだけど、ホントに母さんも姉さんも見付けられなくて迷子センターに保護された事がある。そこで一緒に遊んだ黒髪と銀髪の女の子がめちゃくちゃ可愛かったんだよな。ただ、その頃ハマってたアニメの事をめちゃくちゃ喋ってたらドン引きされたのを覚えてる。あの二人、今頃絶対美人になってるだろうなぁ〜。まぁ、ただの勘だけど。


「着いたね! 今、入場券買ってくるから待ってて」

「あ、いや、自分の分は自分で買いますよ」

「大丈夫だから! ほら、私年上だから! すいません、女子大生一枚と男子高校生一枚ください!」

「はい、大人二枚ですね」

「あ、はい。それです……」


 おおう……この前も聞いた謎の年上アピール。いや、そんなに言わなくても、大学生ってのは聞いてるから大丈夫なのに。

 むしろ逆に少し子供っぽい気がしますけど!?

 それに澤盛さんは一体何を言ってるんだ? そんなに細かく分けたら料金表が大渋滞になる。……少し見てみたい気もするけど。


「へへ、ほら! もう買っちゃったもん! はい、一枚ど〜ぞ」

「ありがとうございます。じゃあ昼は俺が出しますから」

「へ? あ、うん。じゃあ……お願いしよっかな♪」


 そう言いながらクスッと微笑む澤盛さん。女神はここにいた!


「なにから見よっか? あ! あそこに案内板あるよ!」


 館内に入ると、澤盛さんがそんな事を言ってくる。

 ふっ、この先の展開が読めた! アニメや漫画にゲームばかりやっていたのはダテじゃない!

 きっと、「イルカのショーまで時間あるね。それまで適当にブラブラしよっか?」みたいな感じになって、ちょっとしたトラブルが起きるはず!

 はいはい、わかってますって。水が跳ねたりして服が濡れて透けるんだろ? ……見たいっ!

 さぁ澤盛さん! テンプレセリフを言ってくれ!


「ねぇ日野くん。なんかイルカのショー無いみたいだよ? んっと……【飼育員の力量不足により、イルカが言うことを聞きません。悠々と泳いでいるイルカの姿をお楽しみください。この度は誠に申し訳ございません】だって」


 そんなばかな! マジか!? そんなことってある!?


 流石にそんな訳はないと思って俺も案内板を見る。

 あ……ほんとだ。飼育員の土下座の写真も貼ってある。これガチだ。

 イルカがいるのにショーが無いとは……。

 その時、隣からボソッと何かが聞こえた。


「ショーが出来るイルカはいるか……」

「……澤盛さん?」

「え、あ、なんでもないなんでもない!」

「あ、はい」


 まさかのオヤジギャグ。変に突っ込むと悲しいことになりそうだからそっとしておこう。うん、俺優しい。


「それじゃあ……とりあえず順路通りに見ていこっか?」

「ですね」


 そんな訳で歩き出す俺達。順路通りだと、まず最初に水中トンネルがあるな。ドーム状になっていて、百八十度全てが巨大な水槽だ。


「見てみて! サバ!」

「鯖……ですね」


 まさかの第一声が鯖だとは思わなかった。

 あの……澤盛さん? すぐ近くにエイとか大きい亀とかいるんですけど?

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