第24話 お姉ちゃんの卵焼き
「お待たせっ!」
そう言いながら乃々華は試着室からジャージ姿でぴょんと出てくる。さっきまでの空気が嘘みたいに。
「で、どれ買うか決めたのか?」
「うん。キョウが良いって言ってくれた三番目のワンピースかな」
そう言って手に持ったのは肩口にフリルの付いた薄いオレンジのワンピース。乃々華のイメージに合ってたからそう言ったけど、さっき見た姿を思い出せばもう少し大人っぽいやつでも良かったかも知れないな。
「そうか。これからどうすんだ? 他にどっか寄るとこあるのか?」
「ん〜? もう帰ろっかな。キョウに裸見られたから、帰ってベッドで枕を濡らすよぅ……」
「んなっ!? お前それは──」
「にゃは! 冗談冗談♪ 試合したからね。帰ってちゃんとケアしないと!」
「ったく……。そこらへんはちゃんとしてんだな」
「まぁね? ってわけで、家までのエスコートよろしくっ!」
「へいへい」
その後、う〜ん! と体を伸ばしたり、肩をグルグル回しながら歩く乃々華に注意したり、「おんぶしろー!」って飛びついてくるのを避けたりしながら、俺達はごく普通に、いつも通りのやり取りをしながら帰る途中、乃々華がこんなことを聞いてきた。
「そういえばさ……キョウって昔からスポーツ得意じゃん? 朝だってすぐに対応してきたし。中学の時はサッカー凄かったじゃん。なんで高校ではバレーにしたの?」
「ん? あ〜、それはアレだな。この高校のサッカー部って結構強いだろ? だから遠征とかも結構あるみたいでな。それだと時間取れないんだよ。母さんは夜勤もあるし。その点俺が入ってるバレー部は割りとユルくてな。女子は強いけど、男子は結構好き勝手できるんだ。だからだな」
「……それってやっばり乃亜さんの為?」
ストレートに聞いてきたな。別に隠すような事じゃないけどさ。
「…………まぁ」
「だよね。ねぇ、今度遊びに行ってもいい? ほら、ノノと乃亜さんって名前の漢字一緒だし」
「いいぞ。喜ぶだろうしな」
漢字が一緒だからの意味がよくわからんけども。
「うん! じゃあそろそろノノんちだからまたね。バイバイ」
「おう、じゃあな」
手を振って歩いていく乃々華に軽く手を挙げて返事をする。が、そのまま歩いていくのかと思ったら逆に俺の近くに来る。
そして人差し指を俺の胸にトンと当てると、
「ノノの下着姿、思い出してもいいからね?」
そんな事を言ってきた。
「はっ! もう忘れたっつーの」
「ひっどぉ〜い! 後で撮って送ってやるから!」
「それはやめろ!」
「うそうそ! じゃあね!」
乃々華はケラケラと笑いながら俺から離れると、今度こそ自分の家に向かって行った。
◇◇◇
「ただいま」
今日は色々あって疲れたから、昼寝でもしようかと思いながら玄関を開けてそう声をかける。瞬間、二階からバタンという音。それに続いてペタペタという足音。その音を聞いて顔を上げると、階段の上には姉さんが居た。胸元に[てやんでい!]と書かれたTシャツとホットパンツ姿で仁王立ちしている。
「おかえり! 杏太郎! 遊ぼう!」
「ただいま姉さん。俺は寝る」
「い〜や〜だぁ〜! 遊ぶって決めてたんだぁ〜!」
「わかった。じゃあこうしよう。俺は今から布団に入る。布団に入ると寝ちゃうよな? だけど俺は寝ないように耐える。それを姉さんが寝かしつけたら姉さんの勝ち。どうだ?」
「勝負だな!? わかった! ……でも、杏太郎が寝たら乃亜は何をすればいいのだ?」
ちっ、気付いたか。けどまぁ、楽しみにしてたみたいだから付き合うか。母さんも夜勤明けで寝てるだろうから、暇だったと思うし。
「わかったわかった。で、何して遊ぶんだ?」
「格ゲー! 午前中に特訓した乃亜の無限コンボの餌食になるがいいっ!」
「フ……フハハハハ! 受けて立とう!」
「よし、杏太郎は着替えたら乃亜の部屋に来い!」
「おう! 待ってろ!」
格ゲーだろ? 結構やったぞ俺は。遥には勝てなかったけどな!
さて、着替えて姉さんに格の違いってやつを見せてやるか。……とは言っても、さすがに手加減はするけどさ──
「っ! ……うぐぅ……ふぐっ……ズズっ……ふぇ」
どうしてこうなった!?
えっ、ちょっ、姉さんマジ泣き!? 待て待て待て! 俺は何もやってないぞ! 本気で倒しにいったり、露骨な手加減もしてないんだ!
そう、ホントに何もしてないんだ!
だって……姉さん、自分からギミックに突っ込んで自爆するから……。
「……もうやんない」
あーほら拗ねた。どうすっかな。姉さん、昔から拗ねると長いんだよなぁ……。
「こ〜ら、何お姉ちゃん泣かせてんのよ」
俺が姉さんの機嫌をどう良くするかに頭を悩ませていると、後ろから母さんの声が聞こえた。
どうやら起きたらしい。
振り返ると、キャミソールにハーフパンツ姿の母さんがドアの縁にカッコつけて寄りかかっていた。
おい、寝癖凄いな。
「ママ……」
「ち、違っ! これはだな!?」
「言い訳していいわけ〜? ほら乃亜はこっちおいで。一緒に晩御飯作ろっか?」
「つくるっ!」
「じゃあその前に手を洗って髪を結んでおいで。邪魔になるからね」
「わかった!」
さっきまでの涙と不機嫌は一体どこに行ったのか、姉さんは意気揚々と階段を降りていった。
マジかよ。
「ほら、お母様に感謝しなよ?」
「ぐっ……た、助かった……マジで」
「よし! じゃあ杏太郎は風呂洗ってきて。それが終わったら洗濯機の中にあんたの服入ってるからベランダに干しといてちょうだい。雨も降らないみたいだし。その間にご飯作っとくから」
「うい。りょうか〜い」
「頼んだわよ〜♪」
母さんはそう言って寝癖全開の頭で部屋から出ていく。
その後すぐに一階から聞こえる、「さぁて、乃亜! 何作ろっか!?」「目玉子焼き!」「混ざってない!?」って声を聞いてから、俺も風呂場に向かった。
「いただきまぁ〜す!」
「「いただきます」」
三人揃って手を合わせると一斉に箸を伸ばす。
今日の献立は唐揚げと玉子焼きと豆腐と海藻のサラダ。俺はまず唐揚げを取ろうとするけど、何故かそこで姉さんからストップがかかった。
「杏太郎! ステイ!」
「いや、犬じゃないんだから……」
「杏太郎にはまず、これを食べてもらう。どーん!」
効果音付きで目の前に置かれたのは、目の前にある玉子焼きとは別な少し不格好な玉子焼き。
「これは?」
「ふっふっふ。これは杏太郎の為にお姉ちゃんが作ったのだよ! ほら、昔から好きだっただろう? あの時は失敗したからな!」
……覚えてたのか。
俺も姉さんもまだ小さい頃、玉子焼きが食べたくて姉さんに頼んだ事があった。母さんがいなくて二人きりで、火を使うのはダメだって言われてたのにも関わらずだ。
そして、怒られるのを覚悟で姉さんが作ったのは、卵を殻付きでそのまま焼いた卵焼き。
俺はそれをスプーンで割り、中からちょっとだけ白くなった白身と黄身が出てきて泣いたのを覚えている。
そうか。そういえば姉さんが眠る前に俺に何かを作ったのは、あれが最初で最後だったんだよな。
「ほらっ! 食べて!」
「ん、わかった」
俺は一口食べる。……甘い。そして美味い。美味いなぁ……。
「杏太郎は甘い玉子焼きが好きだったからな! どうだ? 美味しいか?」
「あぁ……美味いよ。さすが姉さんだ」
「どんなもんだい!」
あぁ……美味すぎてヤバい。涙が出そうだ。
「……杏太郎、洗面所行っておいで」
突然母さんがそんな事を言う。
「なんで? 手はちゃんと洗ってきたぞ?」
「そうじゃないの。我慢は毒だからね」
「っ!? わかった」
俺は箸を置いて席を立つ。母さんには見透かされていた。
「あ、杏太郎どこに行くんだ? ご飯中は立っちゃダメなんだぞ!」
わかってるって。すぐ戻るから……。
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