第23話 抱えた欲情
狭い試着室の中で俺と乃々華は向かい合って立ち、乃々華は俺の口をその手で押さえている。
少し視線を落とすと目に入るのは白い肌。それと上下に身に付けた薄い紫のフリルの付いた下着。
それらが隠すのは、特別大きい訳では無いが、確かに膨らんで谷間を作る形のいい柔らかそうな胸と、スポーツで鍛えられて引き締まった細い腰。その下から続く丸みを超えて細く伸びた脚。
その全てが俺の頭の中に刻み込まれる。目が離せない。
乃々華なのに。幼なじみなのに。
それなのに綺麗だとも可愛いとも思ってしまう。
ただの知ってる女の子じゃなくて女だと認識してしまった。
だから俺は、腕を伸ばして乃々華を抱き寄せたい衝動に襲われる自分を必死に押さえて目を閉じた。
そしていつも通りに声をかける。いつも通りに。
「(お、おい。服くらい着ろよ!)」
「(み、見ないでよっ! いいからそのまま目を閉じててよ! エッチ!)」
閉じてるっての! じゃなきゃこっちがヤバいわ! だけど、まぶたの向こうで下着姿のお前がいるって事実だけでも俺はいっぱいいっぱいなんだよ! だから早く服を着てくれ。そして少し離れてくれ。柔らかくていい匂いがしてヤバい。
「(つーか俺まで隠れる必要ないだろ!)」
「(ダメっ! あの人、無駄に人に干渉してくるんだから。さっきキョウの事を知っちゃったから、女物の売場にキョウがいるなんて見られたら、誰と一緒なのかまで知ろうとしてくる人なの!)」
「(なんつー迷惑な奴だ!)」
「(一人だった? 誰かと一緒? いや、ここに来るなら一人な訳ないよね……)」
「(そこまで見てねぇ!)」
チラッと見えただけだったからな。けどまぁ、ここに男一人で来る訳も無いか。
そんな事を考えてると、黙っていた乃々華が口を開いた。
「(…………ねぇ、キョウ? 顔赤くない?)」
「(……赤くない)」
「(もしかして……こんな姿のノノに、ドキドキしちゃった?)」
「(……してない)」
嘘だ。してる。認めたくないけどなっ!
だから離れてくれ……って、ちょっ!? なんで背中に腕を回してくる!? そんなことしたら……
「(嘘つき。心臓、すごい早いじゃん)」
驚いて目を開けると、乃々華は俺にしがみつくように抱きつき、胸元に耳を当ててきた。そうなると必然的に密着することになり、ワイシャツ越しに下着しかつけていない乃々華の胸の潰れる感触が体温と共に俺に伝わってくる。
「(キョウはいつも胸が無いだとか言ってくるけど、見てわかったでしょ? ちゃんとあるんだよ? 可愛い下着だって付けるし、ノノだって女の子なんだよ?)」
そんなの分かってる。今。これでもか! って程に実感してるから。
「(んふ。もっとドキドキ早くなったね……)」
本当にヤバい。
そう思った俺は手を伸ばして乃々華の肩を押して引き離そうとした。だけどちゃんと見てなかったのがダメだった。
俺の指が乃々華のブラの肩紐に引っ掛かり、そのままカップの部分が僅かにズリ上がってしまう。
「やっ!」
そんな乃々華の声に、俺は急いでその全てが見える前に後ろを向いた。
「(ごめんっ! だけど見てない! 見てないからな!)」
「(うん。外れる前にちゃんと押さえたから大丈夫……)」
「(お、おう……。それなら良かった……のか?)」
いや、良くないけどな! まぁ、今のは俺が悪かったんだけども。
てか、一番はこの状況が良くない。理性がゴリゴリ削られていく。さすがにもうあのイケ歯はどっか行ったんじゃないのか? 早く出たい。店員に見つかるのもマズイ。
もう俺は出るぞ。そう声をかけようとした時だ。
「(ねぇ……)」
「(なんだよ)」
聞き返した俺の声に返事はなく、そのかわりに背中から脇の下を通って乃々華の腕が伸びてきた。
そしてその腕は俺の胸元と腹の辺りに触れると、力が込められて後ろから抱きしめられる形になる。
背中に感じるのは乃々華の体温。
「(ねぇ……ここでシちゃおっか?)」
「(……っ!?)」
な、何言ってんだ!?
「(漫画とかだとよくあるじゃん。だから……ね?)」
シちゃうって何をだよ!? そんな漫画でよくあるからとかって理由でするものじゃないだろ。
そりゃあ俺だって興味はある。だけど、それはちゃんとお互いに好きな人同士でするもんだろ? 悪ふざけの延長でするものじゃないはずだ。
その事をちゃんと言わないと……。
「(乃々華。あのな──)」
「な〜んてうっそ〜! え、なに? キョウは一体何を想像したのかにゃ〜? もしかしてエチチ〜な事? そんなのするわけないじゃん。ノノだって初めてはちゃんと好きな人の部屋でロマンチックなムードが無いと無理だし。それにノノがシちゃう? って言ったのはキスの事だし? ノノはそんなふしだらじゃないし? てかてか先輩もう行ったみたいだよ! ほら、着替えるからキョウは早く出て出て! そんなにノノちゃんのパーフェクトボディが見たいならここからは有料だよっ!」
「なっ!? はぁっ!?」
「きゃ〜キョウのえっち〜! ど〜ん!!」
怒涛の勢いでまくし立てられ、反論する余地すらなく俺は試着室から押し出されてしまった。
くっ! この野郎はぁ………! 文句言いたいけど、店の中だから叫ぶ事も出来ねぇっ!
……って待てよ。ん? キス? あいつ、キスしようとしてたのか? いや、まさかな。それもきっと冗談だろう。
「ばか」
俺がそう結論付けて一人で頷いてるその時、カーテンの向こうからそんな声が聞こえる。
それと同時に、乃々華言った『初めては〜』の言葉に、乃々華もまだなんだと知って、何故かホッとした自分がよく分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます