第22話 試着室

 乃々華の試合が終わったあと、約束通りというかほぼ強制といった感じで、俺はファミレスに連れてこられた。

 向かい合って座ってるんだが、乃々華は腕を組みながら頬を膨らませ、口の中で氷をボリボリ噛んでいる。

 ちなみに道中で会話は無い。時々乃々華が俺を見ては溜息を吐き、やれやれとでも言いそうな感じで首を振り、また溜息を吐く。

 そして俺のポケットの中では、一定間隔でスマホが震える。一通目は時雨。二通目も時雨。三通目も時雨の名前が見えた時、そこからはもう見るのを辞めた。怖い。


「で、何頼むんだ? 勝ったんだからお祝いに奢ってやるぞ?」

「……チーズグラタン」

「あいよ」

「あとミートスパゲティとシーザーサラダとポテトと……」

「待て待て待て。限度ってもんがあるだろ? そもそもそんなに食えるのかよ」

「残したらキョウが食べて」


 なんつー理不尽な……。


「つーかよ? 何をそんなに拗ねてんだ? 最後のダブルスで負けたのが悔しいのか?」

「拗ねてないもん。あの試合は関係ないもん。あの人、いつも口ばっかりだから期待してないし。女たらしだし」


 おぉう。バッサリと言ったな。こりゃ脈ナシだわ。ってことは、ラブコメの匂いがしたのは俺の勘違いって訳か。


「じゃあなんだよ」

「ノノは怒ってます」

「だ〜か〜ら〜! なんなんだよ!?」


 さっぱり見当がつかん! ちゃんと応援もしたし、その後にも付き合ってるじゃねぇか!


「さっきの試合、キョウの隣で一緒に見てた人って前にキョウが言ってた人だよね? 書道の」

「ん? 時雨の事か。そうだけどそれがどうした?」

「はぁ!? !? 名前呼び!? 先輩でしょ!? ちょっと説明しなさいよっ! なんで下の名前で呼んでるのか。そしてなんで一緒に見てたのか! ノノの試合が始まるまでのちょっとの時間で何があったのよぉ!?」


 あ、ミスった。柳先輩って言っておけばまだ偶然で済ませられたのに。

 さて、なんて説明したもんかな……。下手に全部言うと俺の黒歴史まで掘り起こす事になりかねんからなぁ……。よし。


「あ〜、実はな? 暇でちょっとゲームやってたんだよ。GPS対応のな? それで宝箱目指して歩いてたら柳先輩がいてな?」

「別に今更言い直さなくてもいいよ」

「あ、そですか……」


 なんでそんな怒ってんだよ! あ〜ほら、氷食いすぎだっての。お前昔から冷たいの食うと腹壊すってのに……。

 まぁいいや。とりあえず最後まで話すか。


「あ〜それで、たまたまスマホの画面が見えて、そしたら同じ宝箱を時雨も狙っててさ。そこでちょっと話が合って、俺の装備とか見たら師匠って呼ばれるようになったってわけだな。うん。一緒に見てたのは、丁度テニスコートの近くに新しい宝箱が出て、そのついでに時雨も試合を見てただけだぞ」


 うむ。我ながら辻褄が合ってる言い訳だ。実際にそのゲームもやってるしな。


「嘘だぁ……。あんなおっとりしてる人がゲームとかしないでしょ。てか、しそうにないもん」


 だよな? そう思うよな? 俺もそうであって欲しかったよ。心から。

 ゲームの話が合うだけならどれだけ良かったか……。


「けど、実際してるからな。人は見かけによらないってのはこういう事なんだろうな」

「ふぅ〜ん。じゃあ別に付き合ってるとかそういう訳じゃないんだ?」

「あぁ? ケンカ売ってんのか!?」

「あ、うん。その反応で確信した。キョウだもんねぇ。そんなラブコメみたいな事ある訳ないっか!」


 ねぇ、それどういうこと!?


「さぁ〜て! お腹空いたしそろそろ頼もっかな♪」

「おいコラ! 説明しろやゴラァ!!」

「あ、食べた後はちょっと服買うの付き合ってね?」

「はぁ!?」


 話聞いてる!? もう今日はこんなんばっかりじゃねぇかぁぁぁっ!


「あ、すいませ〜ん! 食後にチョコレートパフェもお願いしま〜す!」

「ちょっ!?」


 結局、乃々華が頼んだのはチーズグラタンだけ。俺はパフェを奢るだけで済んだ。良かった……。


 で、食べたあとは近くのショッピングモールの婦人服売場へ。下着売場とかだったら全力ダッシュで逃げるつもりだったから助かった。だけどここも中々ツライものがあるな……。


「じゃあちょっとこれ着てみるね〜!」


 そう言って何着か服を持って試着室に入る乃々華。着替える度に「どう?」「これは?」って聞いてくる。いいからはやく終わってくれ……。

 そう思っていると、やっと持ち込んだ分を全部着たのか、カーテンから顔と白い肩。それとそこにかかったブラの肩紐だけを覗かせてくる。と、同時に俺の視界にある人の姿が入った。


「ねぇ、どれが一番似合ってた?」

「ん〜? 三番目? てか乃々華。あれってお前とダブルス組んだイケメンじゃね?」

「えっ? ……っ!?」

「おわっ!?」


 いきなり乃々華に腕を引っ張られ、俺はそのまま試着室に引きずり込まれる。


「お、おいっ!」

「しっ! 静かにして」


 乃々華は下着姿のまま、俺の口に手を当てて黙るように言ってくる。

 なんだってんだ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る