第19話 待ちわびた初メッセージ
「それで、師匠は何をしていたのですか?」
「ち、近いっ! ……で、何って?」
「今日は学校お休みです。なのに師匠はここにいます。部活かとも思いましたが格好も制服ですから部活とかではないですよね? まぁ、文化部系なら制服でしょうけども」
師匠とか弟子の問答を終え、どうしたもんかと頭を悩ませていると、いきなり目の前まで来て上目遣いでそんな事を聞いてくる。しかも腕を組み、人差し指は頬に当てながら。あざとい。
にしても……なんて答えるか。さすがに間違って登校してきたとはカッコ悪くて言えないな。誤魔化すか。
「あ〜……ほら、今日テニス部で練習試合があるみたいで? 俺の友達が出るからそれをちょっと見に来たんですよ。制服なのは……まぁ気まぐれですね。柳先輩は……」
「…………」
そんな喋り方と呼び方一つで悲しそうな顔しなくても……。ホントに歳上かよ。
「はぁ……。で、時雨は? 前に朝礼で表彰されてたから書道部なんだろ? 部活で来たんじゃないのか?」
「そうですね。頭の中に霧がかかった感じが抜けなくて、筆を持てば気が紛れるかと思ったんです」
お前はどこの武士だ。そうツッコミそうになるのをぐっと堪える。下手な事言うと面倒くさそうだし。よし、ここはさっさと部室に行ってもらおう。
「そっか。なら書いた方がいいな。おっと! もうこんな時間だ。試合が始まるぞぉ! っつーわけで、じゃあ俺はここで」
俺は早口でそう言うと、時雨に背を向けてテニスコートに向かって歩き出す。
──おかしいな。
歩いてるのは俺一人だけなのに違う足音がする。
試しに止まってみる。ワンテンポ遅れて足音は消える。また歩き出す。また聞こえ始める。
今度はさっきより大分早歩きで進む。競歩か! ってくらいに。そこで後ろから声がかかった。
「し、師匠。待ってください」
やっぱりかよ。なんでついてきてんの!? 部活は? 筆を走らせるんじゃないの!?
「いや、なんで時雨も来てんの? 部活は?」
聞きながら振り返ると、時雨は肩で息をしながら少し離れた所にいた。なんか歩き方が変だな。
「弟子ですから。それに頭の中の霧は、師匠に出会えたことによって霧散し、晴れやかに澄み渡りました」
なんでだよ。
「ですから、もう行く必要が無くなったので師匠について行きます」
「いや、いいから」
「それでお願いがあるのですが、もう少しゆっくり歩いて頂けますか? あまり歩くのが早いと私、今日も下着を付け忘れたので、胸が揺れてブラウスに擦れて痛いんです。特に先端が」
「そんな情報はいらないからっ!」
歩き方が変なのはそれかぁ! ほんと何言ってんのこの人! てか俺の話聞いてる? いいからって言ってるのに、ついてくる気満々なのはなぜ? 師匠の言う事は聞くものなんじゃないの!?
「では行きましょう。テニスコートはあちらでしたよね」
そう言って時雨はコートがある方へと、立ち止まったままの俺を追い越して優雅に歩いていく。
はぁ、もう諦めよう。別に俺が試合に出るわけじゃないし、ただ見るだけだもんな。
「師匠?」
そんな何回も振り返らなくても行くっての。乃々華と約束もしてるしな。
「今行く」
そう返事をして、俺はさっき出来たばかりの弟子と一緒にテニスコートに向かった。
◇◇◇
俺達がコートを囲むフェンスの側に着くと、すでに乃々華達の試合相手は来ていて、選手同士で挨拶を交わしているところ。どうやら間に合ったみたいだな。
そしてその相手のクラブジャージに書かれていた名前は久鳴谷高校。うちの姉妹校。
「どれ、可愛い子はいるかな〜?」
そう小さく呟きながらなるべく男は視界に入れないように見てみる。いや、みんな可愛いな。つーか男もイケメンばっかりだな。
そして、その中で一番気になる子を見つけた。可愛いからとかじゃない。その子だけが顔も見えないし、格好も異様だからだ。
まだメガネとかならわかる。だけどその子だけはサングラス装備。そしてツインテール。ダボついたジャージの前は上まできっちり閉めてあり、つばの広い花柄の帽子を深く被っている。
まるで早朝の草刈りおばさんだ。なのにその子の周りには男子が二人ほど立ち、なにやら一生懸命に話しかけている。う〜む。あそこまで隠されていると気になる。スコアボードみたいなの持ってるし、選手っぽくないからマネージャーかな? だとしたら素顔を見るのは無理だろうな。
おっ? こっち見た。あ、立ち上がった。また座った。なんか鞄ゴソゴソしてるな。まぁいいや。
「師匠。黄色い球が飛び交ってますね」
「テニスボールな」
「必殺技とかあるのでしょうか?」
「現実にあったら笑うわ」
「あ、あの人ノート見て勉強してますね」
「データは大切だからな」
「私、運動が苦手なのでいつも刹那のうちに終わってしまいます」
それは切ないな。
さて、乃々華は……っと、いたいた。
まだ俺に気付いてないか? お! 気付いた。お〜い。
こっちを振り返り、俺の事を見る乃々華。軽く手を振ってみたけど固まってて反応が無い。
つーかなんだその顔。センブリ茶でも飲んだ様な顔をして。あとラケットはグリップを掴め。ガットを掴むな。緩むぞ?
「あの小さくて可愛らしい人が師匠のお友達ですか?」
「ん? まぁうん。可愛らしいかどうかは別として、そうだな」
「今、閉ざされた枠の中でたった一人の孤独な戦いが幕を開ける。彼女は制限された刹那の刻の中で新たな力を目覚めさせる事ができるのか──ですね?」
変なナレーションやめろ。
あと刹那って言葉好きすぎだろ。
「時雨は眼帯とか持ってそうだな……」
「はい。眼帯とロングコートと指ぬきグローブは持っています」
言うんじゃなかった。藪をつついたら蛇じゃなくて邪龍が出てきやがった。
ブブッ
そこでポケットに入れていたスマホが震える。
取り出して見てみると、そこには知らないIDからのメッセージ、誰かと思って見てみると──
『初めて送ります。昨日、日野君のは聞いてて私のID教えてなかったと思って送りました。ちゃんと届いてるかな? 澤盛 海琴』
澤盛さんから来たっ!
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