第18話 弟子誕生 カップはG

「駄目でしたか……」


 編み込んだ背中まである銀色の髪を風に揺らし、背筋を伸ばして凛とした佇まいのまま、地面に落ちた葉っぱをタレ目がちな大きな青い瞳で眺めながらそんな事を呟く包容力先輩。

 いや、そりゃダメだろ。むしろ切ってどうするんだよ。そんなのやってるの漫画か小学生くらいでしか見たこと無いぞ。


「私の中に流れるドイツの騎士の血を引く父と、武士の血を引く母のやなぎ家の血が覚醒すれば今日こそは斬れると思ったのですが……。こういう時は筆を持って雑念を払うに限りますね」


 覚醒?


「さて、なんて書きましょうか。一昨日は【深淵】昨日は【漆黒】今日は……そうですね。【霹靂】にでもしましょうか」


 …………。

 こ、この人はなんだか踏み入っちゃ行けない人の様な気がする。なんとなくだけど、俺の直感がそう告げている気がする。見た目は好きなんだけど! だけどなんかそれで近付いたら沼にハマりそうな……。よし、逃げよう。


「あら?」


 見つかったぁ〜!!


「いつになく重心がブレると思ったら、今日もブラを付け忘れてたみたいですね」


 重心がブレるのは揺れるからですかぁっ!? って危ない危ない。ツッコミ入れるとこだった。

 てかって……。そんなん聞いたら今度から見かける度に胸元ばっかり注視しちゃうじゃん。気をつけよっと。


「ここまで大きくなるとは思ってませんでしたね。でもまぁ、いつか私に赤ちゃんが出来た時に、たくさん飲んでもらえるので良しとしましょう」


 ポジティブの持っていき方が想像の斜め上の良しが来た。まさかそこで赤ちゃんが出てくるとは。

 それにしても、見つかったと思ったのは勘違いだったな。ふぅ。

 お? やっと歩き出したか。


 俺は校舎の影に隠れて立ち去る先輩を見つめ、完全に姿が見えなくなったところで再び散歩に戻る。


「お? なんだこれ?」


 そしてさっきまで先輩が立っていたところで、ある物を見つけた。


「これは……巻物? よく時代劇とかに出てくるやつと一緒だな」


 俺はその巻物を拾い上げて正面に書いてある文字を見ると、そこには【秘伝の書】と、書かれていた。女子が書くような丸文字で。


「ひ、秘伝っぽくねぇなぁ。なんなんだこれ──っと!」


 適当に持ったせいなのか、突然紐がほどけて巻物がコロコロと転がって拡がり、中に書いてあるものが俺の視界に入る。そこに丸文字で書かれていたのは──


「こ、これは……!? 厨二病設定ノートならぬ厨二巻物!? えっと……【雲耀うんよう叢雲むらくも 斬撃の衝撃で雲をかき消す】ほほう? なんか雲だらけだな。次は、【サウザントモーション しちの型 一瞬で千の動きを見せて七つの斬撃を与える】う〜ん、一瞬で千の動きが出来るのなら千の斬撃打てるんじゃねぇの? うん。色々と穴だらけだな」

「穴だらけですか?」

「ん? そりゃあな。ほら、最初のは雲が続いてくどいからどっちかを変えた方がいい。雲耀の凶刃とかな。次のサウザントモーションは、カタカナと漢字が反発してるからどっちかに揃えた方がいい。例えば……漆の型 千蛍せんけいとか」

「なるほど。確かにそちら方が良いですね、師匠」

「おい、師匠とかやめろ。俺はもう……過去は捨てた」

「師匠、その台詞も素敵です。私も使ってもよろしいですか?」

「だからやめろと………は?」


 待て。俺は誰と話してる? いや、そんなの確認しなくてもわかってる。なんならこの巻物の持ち主も見た瞬間に気付いていた。なのになぜ、取りに戻ってくることを考えなかったんだ!?


「え、えっと……」


 しゃがんだままで巻物を見ていた俺。なのに声は耳元から聞こえる。それはつまり──


「どうかしましたか? 師匠」


 振り向いて俺の顔のすぐ横にいたのは、体を前に倒し、右手を膝に乗せて体勢を保ち、左手で銀色の髪を耳にかけながらジッと俺の事を見つめてくる先輩。いや、近いわっ!


「これ! 落し物です! それじゃっ!」


 俺は逃げるを選択


「待ってくださいな」


 しかし逃げれなかった。

 俺が立ち上がって足を踏み出す前に腕にしがみつかれたからだ。結果、包容力先輩のもっとも包容力がある部分に俺の腕は沈み、飲み込まれる。

 うわぁぁぁ! めちゃくちゃやわらかぁぁい! って、ノーブラだからじゃねぇかっ!


「ちょっ! はな、離して下さいっ!」

「残念ですがそれは出来ません。貴方は私の最奥に触れてしまったのです」

「言い方ァ!」


 誰かに聞かれたら誤解まっしぐらは勘弁して!


「貴方の言葉選び、そのセンス。どれも私が持っていないものなのです。ですから是非ともお師匠様になって頂きたいのです」

「お断りしたいです!」

「でしたらこの手は離しません。私は貴方を求めているのです。今まで私がこんな事を言っても、誰も何も言ってくれなかったのです。何でもしますからお願いします」


 な、なんでも? ……いやいやダメだ! これは沼だ。入っちゃ行けない沼だ。腕はもう沈んでるけども! てか力強いなぁ!? 全然動かないんだけど!


「結構です! 何もしてもらいたくないし師匠にもなりたくない!」

「そうですか。そんなに……嫌なのですか?」


 そう言って顔を上げた先輩の目には涙。

 っ!? 泣くのはズルくない!?


「〜〜〜〜っ! はぁ、わかりました。わかりましたよ。ただし一ヶ月。一ヶ月だけです。それで見込みが無いようであればそこで終わりです」


 こういうタイプは、一ヶ月後に適当に漫画っぽく『認めん! 破門だ!』とかそれっぽい感じで言えば大丈夫だろ。


「わかりました。その一ヶ月で必ず弟子として認めさせてみせます。あ、自己紹介がまだでしたね。私、三年のやなぎ 時雨しぐれといいます。カップはGです。師匠は?」


 おぉぉぉいっ! 自己紹介って言ったよな!?

 なんでしれっとカップ数言った!? 気にはなってたけど聞いてないんですけど!?

 ……にしてもGか。う〜ん、凄い。澤盛さんはこれより小さいと思うから、EかFかな? ……じゃなくって!

 よし、とりあえず聞こえなかった事にして、話を進めよう。それがいい。


「俺は一年の日野 杏太郎です」

「日野杏太郎様ですね。確かにこの胸に刻み込みました」


 言いながら胸を掴むな。


「様って……。あと、その師匠って呼ぶのやめません?」

「いえ、師匠は師匠です。あと、師匠は私のことは時雨とお呼びください。弟子に敬語は不要です」


 徹底的しすぎだろ。なんなの!?


「さすがに先輩にそれはちょっと。柳先輩でなんとか」

「……」

「柳先輩?」

「…………」

「時雨」

「はい、なんでしょうか。師匠」


 めんどくせぇっ!





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