第14話 乃々華の朝練

 ボボボボボ……ドッドッドッドッ…………バタン


 目覚ましのアラームで起きたあと、まだ体を起こす気になれなくて布団の中でぼへ〜っとしてると、外から低く唸るような車のマフラーの音と、ドアを閉めるが聞こえる。


「ん、母さん帰ってきたのか。あ〜〜〜起きるか」


 俺は足で布団を蹴り飛ばし、上半身を起こして寝癖でぐしゃぐしゃになった髪を邪魔にならないようにかきあげた。

 枕元に置いておいたスマホを見ると、新着メッセージの表示。


「っ!?」


 来たか!? 来たのか!?

 おいおい……もしかして初メッセがおはようか? 参ったな。ときめいちゃう!


【サービス終了のお知らせ。当社のゲームをご愛好いただきありがとうございます。この度、定期メンテナンス中に重大な障害が発生し、サービスを終了することをお詫び申し上げます】


 ………………あぁん!?

 期待させやがってこの野郎っ! ってちょっと待った。サービス終了? うそん。頑張ってコツコツ育てたのに!? はぁ、まぁいいや。課金してなくて良かった。

 さて、それ以外にメッセージは……無いな。うん知ってた。よし、学校だ。


 制服に着替えるとカバンを持って下に降りる。


「おはよ。母さんおかえり。お疲れ。今日早かったじゃん」

「あ、たっだいまー! まぁね。機械トラブルで四時頃にライン作業止まっちゃってさぁ〜。やる事ないから帰れだって。だけどその時間に帰ると、母さんの車じゃ近所迷惑じゃない? だからちょっと遠回りして、海岸沿い流して帰ってきたの」

「あ、そゆこと」


 肩より少し下まである金髪をシュシュで一本に纏め、そう言いながらケラケラと笑ってエプロンを付ける母さん。

 確か今年で三十八歳のはずだけど、年齢より若く見られる事が多いみたいで、時々調子に乗ってルーズソックス履くのはやめて欲しい。息子からしたら見てられない。

 そして愛車は大きなウイングの付いた黒のインプレッサ。毎月の洗車をかかさない程に大切にしていて、俺の友達にも、カッコイイ! って言われてる。俺もそう思うしな。「くれ!」って言ったらマジギレされたことがある。怖かった……。


「で、杏太郎は学校?」

「そうだけど?」

「アンタも大変ねぇ〜」


 大変? 何を今更。いつものことだし。


「で、乃亜は大丈夫だった?」

「ん。ちゃんと飯も食ったし」

「あはは、ごめんってば」

「まぁいいけどさ。んで、その後はゲームしてる時に寝ちゃったから、部屋に運んで寝かせたよ」

「そう。ありがとね」

「うい」


 その後、母さんは朝食の準備に入った。俺は顔を洗って寝癖を直し、リビングに戻ってテーブルでコーヒーを飲んでると、目の前にパンとサラダが置かれた。


「ほい、お待たせ」

「さんきゅー。いただきます」


 パタン──ペッタペッタ


 俺が朝食を食べようとした時、開けっ放しにしていた廊下へと続くドアから二階の音が聞こえた。


「起きたか」

「そうみたいね」


 階段を降りる足音が聞こえると、すぐに姉さんがリビングに入ってきた。手には昨日俺が抱かせたぬいぐるみを抱きしめている。


「姉さんおはよ」

「きょうちゃんおはょ……。あ、ママがいる〜」

「乃亜ただいまっ! ママ帰ってきたよぉ〜! やぁ〜ん! 寝起きの乃亜も可愛いぃぃ〜!」

「ま、ママ……乃亜潰れちゃう……」

「あ、ごめんごめん。乃亜が可愛すぎて。もうご飯食べる? 杏太郎にはパン焼いたけど、乃亜は? 何枚? ジャムは何にする?」

「乃亜はきょうちゃんのシチュー食べる」

「……ちっ」


 おい、何故俺を睨む。なんで「負けた……」みたいな顔してんだよ。

 そして二人がそんなやり取りをしてる内に、朝飯食べ終わっちまったよ。


「ごちそうさま。じゃあ少し早いけど俺はそろそろ学校行くわ」

「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」

「あいよ」

「きょうちゃん頑張って」

「任せとけ」


 うん。姉さんまだ寝惚けてるな。まだ呼びにならないし。まぁそれはそれで良いんだけど。


「ん」


 椅子に座りながら手を振ってくる姉さんと、それをニマニマして見てる母さんに見送られて、俺は家を出た。


「お? そういえば今日は遥達迎えに来ないな。うむ、実に平和だ」


 そしてそのまま学校への道を進む。

 今日は乃々華にも会わない。いや、むしろ誰にも会わない。


「いつもより早いからか? それにしては……」


 答えは学校に着いてわかった。昇降口が開いてない。スマホを見る。日付の隣に【(土)】の文字。それつまり──


「今日休みじゃねぇかぁぁぁぁぁ!」


 よし、帰ろう。母さんが大変ね? って言った意味がわかった。休みなのに学校に行こうとしてたからだ。ちくしょう、なぜ気付かなかったんだ……。


「あれ〜? キョウ? 何してんの? しかも制服着て」


 ああっ! 見られたくない奴に見つかったぁ!


「人違いです」

「あ〜! もしかして今日学校あると思って来たんでしょ? 何してんの〜! ウケる! 部活前に朝練しようと思って早く来たらまさかキョウがいるなんて思わなかったよ〜」

「違います。僕は今度この高校に入学するのでその予行練習ですさようなら」

「待てぇいっ!」


 また襟を掴む気か!? そうはいくか!


 俺は乃々華の動きを予想してしゃがみこむ。ふっ、これで俺の襟を掴もうとする手は空を切って、悔しがるはず。

 そう思ったのに。


「きゃっ!」

「えっ?」


 乃々華はバランスを崩してしゃがんだ俺に向かって倒れ込んできた。


「危なっ!」


 俺は急いで乃々華の体を受け止める。もちろん触っちゃいけないところは触らないように、腰と肩に手を回して抱きとめた。


「あ……」

「おい、どんだけ勢い付けてきたんだよ。危ねーだろーが」

「……離して」

「ん? おぉ、悪い悪い」


 短くそう言われて俺は手を離す。乃々華はすぐに俺から離れてそっぽを向いてしまった。助けたのにキレられた!? 解せぬ!


「じゃあ俺は帰るわ」

「待って」

「んあ? なんだよ」

「暇でしょ? 朝練付き合ってよ。今日試合なんだ。キョウ、スポーツ得意じゃん」

「え、やだよ」

「みんなに言っちゃうよ?」

「何なりとお申し付けを。お嬢様」

「じゃあ、ノノは着替えてくるからコートで待っててねん♪」


 朝から疲れるの嫌だな〜って思いながらコートで待つこと数分。

 テニスウェアに着替えた乃々華がラケットを二本持って来た。

 そして俺の前まで来ると、くるっと一回転。スカートひらり。スカートの中身チラリ。……んん?


「どう? 可愛いでしょ?」

「ウェアはな」

「に、憎たらしいことをっ……!」

「それよりも乃々華」

「なに?」

「アンダースコートはいてる?」

「え? そんなのもちろん……うぇぇっ!?」


 やっぱり。


「見た?」

「見た。お前、割りと大人っぽいのはいてんのな」

「!?」


 あ、やべ。殴られる。そう思って身構えるけど、一向にそんな気配は無く、


「……えっち」


 乃々華はラケットの網目越しにそんな事を言うと、再び更衣室に向かって走り去ってしまった。


 え、ちょっ、えぇ!?

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