第14話 下準備

 ハンはさすが武器商人なだけあって、武器に詳しかった。ヒースが作った試作品の弓を見て、修正点を次々と指摘してくれた。


「あまり弓が小さいとどうしたって飛距離が伸びないからな。敵を近くに寄せ付けたくないなら、もうちょい大きいのがお前にはいいと思う。あと、ここは太すぎる。ここをしならせるんだから、ここは薄く、逆にこっちは折れない様にもっと分厚くていい。それにこの先端、これだと弦が滑って取れちまうぞ」

「ふんふん、成程」

「あとここ。持つ所に矢を支えられる様なもんを付けとかないと、矢を放った時に羽根が刺さったりする。これが結構地味に痛い」

「父ちゃんは手に保護布付けてたぞ」

「そりゃ熟練者ならそれでいけるだろうけど、お前は素人だろ?」

「うん、ばりばり初心者」

「じゃあ悪いことは言わないから付けとけ」

「分かった」


 ヒースが頷くと、ハンがにこやかに言った。


「お前は素直で本当にいいなあ」

「そうか?」

「俺の周りの奴らはよー、もう主張ばっかり強くて皆好き勝手やるし無計画だしカッとなるし」

「ジオもすぐカッとなるぞ」

「あれはカッとなってもなかなか行動に移さない慎重派だから大丈夫なんだ」

「確かにぐずぐずしてるもんな」

「お前らなに人の文句言ってんだ」


 ジオが呆れた顔で作業場にやって来た。手にはジオの試作品の金槌兼斧がある。途端ハンの目が輝き出した。


「おおおおお! 何だそれ!」

「お前も物好きだよな……」


 それでも満更でもなさそうな顔になる辺り、ジオも物好きの部類に入るのかもしれない。何だか嬉しくなり二人の様子を眺めていたヒースだったが、ハンにまだ聞いていなかったことをふと思い出した。

 

「あ、そういえば香のことを聞いてない!」

「香?」


 ハンが振り返る。ジオも忘れていた様な顔をしていた。


「獣人達が酔っ払う、燃やして嗅ぐとふにゃふにゃになるやつ」

「あー、そりゃ酔木すいぼくだな。別名酔っぱらいの木。獣人の酒みたいなもんだ」

「あれ、酔っ払ってたのか! 確かに作業時間後にしかやってなかったなあ」


 実に気持ちよさそうに煙に酔っていた風に見えたらあれは酒だったとは。ずっと見ていたとはいえ、知らないことがまだまだ沢山ありそうだった。ハンが手をポン、と叩く。


「そうか、それを使って酔わせて戦力を削ぐってことか! ヒースお前実は頭いいな?」

「こいつのは頭がいいんじゃねえ、直感だ直感」

「ジオ、折角褒めてくれたのに否定から入るなよな」

「だって事実だろうが」

「まあ、そうとも言うな」


 否定は出来ない。確かにヒースには考えをこねくり回して深く考えるのは向いていないと自分でも思う。これまであまり深く考えたところで奴隷から解放される予定もなかったので、今を楽しく生きた方がいいという考え方だったのだ。長年育んだ考え方はそう簡単には変わらない。


「そうしたら、酔木もばら撒ける様手配しておく」

「そんな簡単に手に入るものなのか?」

「俺達の仲間には亜人種の一つの小人族もいるからな。そもそもこの酔木は小人族の管轄だ」

「あー、昔俺の村にも一人いたなあ。気難しいのが」


 小人と言ってもそこまで小さくはなく、成人の大きさは人間の子供位にはなる種族だ。見た目は人間とほぼ同じだが、バランス的に若干手足が短く頭がでかいのが特徴である。元は森が彼らの住処だが、時折職にあぶれた奴が人間の集落で暮らすこともある、そんな近い様な近くない様な存在だ。


「まあ小人族は大体において気難しいからな。というかプライドの塊だな。自分達の種族に絶対的な自信を持っている。実際手先も器用だし植物を育てるのには長けてるし、奴らは毒にも精通してるから、敵に回すと怖い。いつ盛られるか分かんねえ」

「滅茶苦茶怖いんだけど」


 確かに怒るとすぐに斧を振り回して追いかけてきたりしていた。


「まあおだてれば気持ちよく働いてくれるから、根は悪い奴らじゃねえ。それにどっちかっていうと人間寄りだしな。まあ魔族にもそうやってちょこちょこ色んな物売り捌いてるけど」


 そういや金勘定にもうるさかった記憶がある。


「成程な。じゃあまあそれも合流した時に持ってきてくれよ!」

「分かった。予め潜入させて酔わせておいてっていうのもありだな……その辺りもちょいと仲間と計画を練るよ」


 ハンがまたぶつぶつと考えに没頭し始めた。先程からちょいちょい反乱分子の色んなことをこのハンが決めている様に思えるのだが、ヒースの気の所為だろうか。もしかしてこのハンという男はただの武器商人ではなく、反乱分子の上層部の人間なんじゃないのか? ふとヒースはそう思った。


「まあいいや、それは帰り道で考えるさ。それはそうと、お前達の武器にはどんな属性を付けるつもりなんだ?」

「まだ候補を考え中なんだけどな、丁度その魔石を切らしちまってないんだよ。金槌の方には土属性を付けたいと思っててな、斧の方は色々と便利だから炎属性にしようかと」

「野宿に炎属性は便利だもんなー」

「そういう使い方?」


 男三人がわちゃわちゃと話していると、カランカランと少し低い鈴の音が聞こえてきた。クリフがひょっこりと作業場に顔を覗かせた。ヒースはクリフの首に抱きつくと温かさとちょっと動物臭い匂いを嗅いでほっこりする。普段火を使っている時は怖がって近寄って来ないが、今日は炉の扉を閉じているので声が気になって覗いてみたのだろう。


「クリフもでかくなったなあ」


 ハンが感心した様に二人を見た。牡鹿だからだろう、体つきもかなりがっちりとしてきた。この辺りは餌となる草も山の様に生えているのでしっかり食べられた分きちんと育った。でも大人になっても甘えん坊は変わらなかったが。


 スリスリとヒースの頭に顔を擦り付けるのがクリフの愛情表現だった。


 ハンが言う。


「ヒース、そいつは連れていけないからちゃんと言い聞かせておけよ」

「シオンを見つけたら背中に乗せちゃおうと思ってたんだけど駄目かな?」


 クリフの足は早い。身体も大分大きくなり重い物も載せられるので、ヒースは逃げるのに協力してもらおうと思っていたのだが。


「遊びに行くんじゃないんだ、間違って死なせたくないなら悪いこと言わないから置いていけ」

「……うん、分かった」


 確かにそうだ。獣人の居住地にただ行くだけではなく、中にある接点からシオンを連れ出さなければならない。その間にハンの仲間が戦ってくれていたとしても、全く襲われもせず済むとも思えない。


 ちょっと残念だがしっかりとクリフに言い聞かせよう、クリフはこの安全な森ならヤギと一緒に暮らして待てる筈だ。


 ヒースがクリフの首を優しく撫でていると、ふとジオの視線を感じた。ヒースがジオを振り返ると、ふっと目を逸らされる。ヒースは意味が分からなかった。どうしたんだろう?


「何?」

「何でもねえ」

「本当?」

「本当だ」


 二人のそんなやり取りを、ハンは静かに眺めていた。

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