第15話 属性
ハンは描いた地図を渡してきたが、それをヒースに説明する前にジオがしまってしまった。
「ちょっとジオ、俺にもちゃんと見せてくれよ」
「お前はどうせこの辺りの地理なんざ分かっちゃいねえだろうがよ」
「いやまあそうだけど、見とけば今後は違うだろ?」
「うっせえ」
「けち!」
「何だと!」
ぐお! とまた拳を振り上げてきたのでヒースが睨み返すと、ジオは叩くことなく振り上げた手をそのままにし、暫くして溜息をつきつつ腕を下げた。
「さっさとその弓を仕上げちまえよ。ちゃんと出来たら見せてやる」
「……分かったよ」
「それと、そいつに付ける属性だが、次の満月の時に何かいいのがないかアシュリーに聞いてみよう」
「俺も炎とかじゃ駄目かな?」
するとハンが口を挟んできた。
「ジオが土の属性と火の属性なら、全く別の属性の方がいい」
「そっか、使い分けられるもんな」
ヒースが納得して頷くと、ハンが悩みだした。
「弓だろ? 水属性でツルツルに凍るとか……うーん華がないな」
「華なんかいらねえだろう……」
「そもそもさ、属性ってどんなのがあるんだ?」
「まさかそこから? ジオ……」
ハンがじと、という目でジオを見た。ハンのそういう目線にはさすがのジオも弱いらしく、もごもごと言い訳を始める。
「だってよ、殆どうちにあるのは火と水ばっかりだったから」
「ジオ? 師匠ならちゃんと基礎は教えてあげないと駄目だと思うぞ」
「いや、すっかり忘れてて……」
でかい背中を丸めてしょぼくれてしまったので、ハンが代わりに説明を始めた。
「いいかヒース、属性ってのはまあ色んなのがあるんだが、基本は四大属性だ。火、水、土、風。これは知ってるか?」
「おお、知ってる知ってる! 監督者の魔族の奴らが使ったりしてた」
火はそのままだ。火を起こす。夜になるとパチっと魔法で
水は水を湧かせたり、または水を凍らせたりしているのを見たことがある。夏の暑い日に、奴らが自分達にだけ氷を用意して食べていたのをヒースは羨ましい思いで見ていたことがあった。
土は土木作業の場面で時折見かけることがあった。地面に穴を開けたり大きな岩を砕いたりと、奴隷の手だけでは時間がかかる作業を魔族が行なうこともあったからだ。
風も見たことがあった。地下の作業場に煙が籠もってしまい奴隷達がばたばたと倒れてしまった時に、監督者の一人の魔族が大慌てで風を起こして空気を入れ替えていた。
成程、これらが四大属性というのか。見たことはあったが呼び方までは知らなかったヒースは、ふむふむと頷いた。
「四大ってことは他にもあるのか?」
「勿論ある!」
ハンが鼻を膨らませて説明を始めた。基本ハンは教えるのが好きなのだろう、嬉々として色々なことを教えてくれる。
「まずは比較的有名どころだと、雷属性だな。これはそのまま雷をピシャーンと打ったりする。汎用性はまああんまりないが、魚を感電させて捕まえたりするのには便利だ。後は浮いてきたのを掬えばいいからな」
「ほおー」
確かに一網打尽という意味では便利だが、何だか食べたらピリピリしそうだ。
「次に、木属性! こいつはあまり見かけないが、癒やしの効果がある。不眠症にはこれだな!」
不眠症って何だろうか。聞こうとも思ったが、今聞くと話が脱線しそうなので止めておいた。
「そして光属性に闇属性! これらは一括りでは説明出来ない位細々と色んなものがある! あ、俺を夢で呼んだのは光属性な」
物凄い端折られた。多分、ハンもあまりよく知らないのかもしれない。
「その他色々とあるらしいが、俺もよく知らん! 噂によると、死んでるのを生き返らせたみたいに動かす魔法とかもあるらしいぞー」
うえっへっへっとハンが恐ろしげな顔を作ってみせたが、申し訳ないが怖くない。というか死人が生き返る? イマイチぴんとこない。魔族に袈裟斬りで斬られた父ちゃんが生き返るなら、弓矢の正しい持ち方を教わりたいな、そう思った。
ヒースが普通の表情をしているので、ハンはそれ以上やっても無駄だと悟ったらしい。すぐに話を切り替えてきた。
「まああれだ、お前は弓矢はおろか戦闘すら初心者だからな、下手に攻撃力を上げないで防御力が伸びる様な属性の方がいいと思うぞ。それに元々の得意な属性ってのもあるからな」
武器商人が言うならそうなのだろう。ヒースは素直に頷くことにした。
「分かった。じゃあそれもアシュリーに聞く」
「それがいい。とりあえずじゃあ仕上げ前に強度と大きさの調整だな。お前はいまいち不安だから、俺が見てやる。数日はいてやるから、その間に魔石を練り込む前段階まで仕上げようか」
「悪いなハン。こればっかりはお前の方が適任だな」
ジオが珍しく素直に礼を言うと、ハンが手をひらひらさせて笑った。
「俺を満月のすぐ後に呼んだのは、それも見越してのことだろ? 俺がこいつに甘いのはバレてるもんな」
ハンが笑いながらヒースの肩に膝を乗せた。ヒースはそんなハンの感じが何となく、本当に少し何となくなのだがジェフに似てて、胸の辺りが少しだけグ、と詰まった。
駄目だ駄目だ、ジェフの分も笑って人生を謳歌するんだ、泣くなヒース。
「よし、じゃあ続きだ!」
「うん、宜しくなハン!」
少し無理矢理に笑顔を作って、それに応えた。
◇
二日後。
「で、出来た……!」
「すげえよハン!」
「お前何でそんな元気なんだよ……」
「ハンは目の下のクマが凄いぞ。寝れてないのか?」
「これが若さか……」
ハンがふ、と遠い目をしていた。まあ確かにあまり寝てはいないが、調整したり組み合わせたり試し撃ちをしたりするのが楽しくて、ヒースはこの二日間殆ど興奮状態にあったから寝てもすぐに目が覚めた。
こんなに楽しいと思ったことなど、いつぶりだろうか。多分奴隷になる前、友達と夢中になって遊んだ、それが最後だったかもしれない。
「俺はもう駄目だ、とりあえず寝る……」
ハンはそう言うと、ハンに用意された干し草の上に布が掛けられた簡易布団に倒れ込み、一瞬でぐおーっといびきをかき始めた。どうもかなり無理をさせてしまったらしい。
ヒースは頭をぼりぼりと掻きながら少し離れた所から呆れた様に見ているジオに顔を向けた。
「でもさすが武器商人だな、ハンは」
ジオが素直に頷く。
「こいつとはまだ俺の町があった頃からの付き合いだから相当長いけどな、今までこいつ以上に武器に詳しい人間は会ったことがねえ」
「ハン、思ったよりも年上?」
ジオがにやりとした。
「だろうな。見た目は若いが、俺が最初に見た二十年前から殆ど変わんねえ」
「え?」
二十年この見た目とは。ヒースが驚いていると、ジオが布団代わりの毛布を持ってくると爆睡しているハンの上にふわりと掛けた。
「前に酔っ払って口を滑らせていたが、人間以外の血が混じってるとか言ってたな。はっきりとは言っていなかったが」
「へえー」
見た目は人間そのものだから、もしかしたらかなり血は薄くなっているのかもしれない。
「こいつの風魔法は相当強い。そもそもちょっとやそっとの人間じゃああの羽根は浮きすらしねえ。それをこいつはその場で浮かせて猛スピードであちこち長時間飛び回ってるからな。魔力も桁違いだ」
「へえー」
それしか言えなかった。なかなか謎な人物らしいが、だがヒースにとっては気のいいお兄さんだ。人間であろうがなかろうがあまり関係ないかな、そう思った。
ジオがお茶を煎れてカップを一つヒースに渡した。何だかんだでぶすっとしてても面倒見がいいのだ。
「ありがと、ジオ」
「ふん――どれ、作ったやつを見せてみろ」
「じゃあこれ飲んだら、試し撃ちするから見てくれよ!」
「間違えてクリフに当てたりすんなよ」
「酷いなあジオ」
満月より大分前に属性を練り込む前段階まで完成した。見ると、ジオの武器も完成している様だ。後は依頼された品を作っていけばいい。焦りがなかったといえば嘘になるので、ヒースは大人達の協力があってここまで辿り着けたことに素直に感謝の気持ちで一杯になっていた。
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