第12話 黒歴史の使い方

 翌日から、ジオとヒースはシオン救出に向けて案を出し合い始めた。


「まず最初に必要なのはその接点がどこにあるかの情報じゃないか?」

「お前にしては賢いな。早速ハンを呼ぼう」


 ジオは腕組みをしながら頷く。褒められてるのかけなされてるのか分からない台詞だったが、間違いなくジオの方が賢いのでヒースはそのまま流すことにした。


「ハンを呼ぶなんてことが出来るのか?」


 どうやって連絡を取っているのか、そういえば謎だった。だがお互い魔族から隠れつつ武器を作り売り捌いている。何らかの非常時の連絡手段はあるのが当然といえば当然だったのだ。ジオは家の中の棚の奥から小箱を取り出し、中身をヒースに見せた。小さな円盤の周りに綺麗な透明の石がはめ込んである。顔を近付けると石がキラキラしているので、これも魔石だろう。


「これを使う。今まで一度だけ使ったことがあるが、割とすぐに飛んできた」

「これ、何だ?」


 ジオが円盤を親指と人差指の間に挟んで見せてくれた。


「これは相手の夢の中に語りかける道具だ。相手の顔を思い浮かべながらひたすら呼んで、円盤が光ったら繋がった証拠だ。そうしたら要件を言う」

「夢? てことは相手が寝てないといけないのか?」

「そういうことだ」


 しかし、寝ているのに話しかけられて覚えているもんなんだろうか? いつもぐっすり寝てしまうヒースは、夢の中で何を言われても覚えている自信はなかった。


 ヒースの表情が疑わしいものになっていたのだろう、ジオがにやりと笑った。


「この夢を見たら絶対ここに来い、というネタを予め決めてあるんだよ」

「へえ、どんなネタ?」

「前にあいつが酔っ払って語った、女へのこっ恥ずかしい口説き文句だ」

「あ、俺それ知ってる! 黒歴史ってやつだろ!」


 前にジェフが教えてくれた。大人になると誰でも一つや二つは思い出したくもない若かりし頃の恥ずかしい思い出があるそうだ。これが厄介なのは、それを行なっている時は本人は全く問題ないと思い込んでいることで、後になって恥ずかしさが込み上げて一人転げ回りたくなる内容がそれに該当するという。ジェフによると、ヒースはまだ若過ぎて気付かない可能性が高いと言っていた。


 よって今のヒースに思い当たることはなかったが、いつか自分にもそんなものが出来るのだろうか。少し楽しみだった。


「ハンは宵っ張りだからな、今夜遅くにやってみるさ」

「え、俺も聞きたい!」


 すると、ジオがわはは、と大きな口を開けて笑った。


「お前は起きていられた試しがないだろうが」

「だって聞きたいもん、ハンの黒歴史!」

「いや、あいつもお前に知られるのはさすがに嫌だと思うぞ」

「え、何で?」


 ヒースはハンと仲良しになれたと思っている。別にからかったりなどしないから、ハンの面白い話を一つでも多く知りたかったのに。


「ハンはお前より偉ぶりたいからな、お前に弱みを握られたら泣くかもしれん」

「ハン、泣くのか。それはちょっと可哀想だな」


 ぶっとジオがまた笑った。あれからジオは何かが吹っ切れたのか、素直に感情を表に出す様になってきた気がする。


「じゃあさ、それはいいから、ジオが一回だけ呼んだ理由を教えてくれよ!」

「……言いたくない」

「何でだよ! 人の黒歴史は喋る癖に!」


 じと、という目でジオがヒースを見た。実に言いにくそうである。ヒースは催促した。


「ほら」

「ほらってお前な……。あーもう分かったよ言うよ、もう昔の話だしな。シオンが結婚するって来なくなっちまった時だよ! 酒飲み相手が欲しくてあいつに酒を持ってこいって呼んだんだよ!」

「へえ」


 となると、随分と昔の話である。ハンはそこまで年がいってなさそうに見えたが、その頃から酒を呑んでいるなら、実はヒースが思っているより年齢が大分上なのかもしれない。


「まだお前はよちよち歩きだった頃の話だよ。いや、生まれてねえか?」


 ジオが円盤を丁寧に小箱にしまうと棚に戻した。


「でもさ、その頃言ってた口説き文句を今でも蒸し返されるって、結構ジオもしつこいな」


 素直な感想を述べたところ、豪速球で拳骨が飛んできたのでヒースはそれをさっと避けたのだった。



「次に持ち物だ」


 暫くジオから逃げ回った後、ジオが音を上げたところで作戦会議再開となった。


「どの匂いが奴らが嫌がる匂いなのかは知ってるか?」

「獣人の種類にも寄るけど、あいつら作った様な匂いは嫌いだったな」

「作った様な匂い?」


 その言葉が出てこなくて、ヒースは身振り手振りで説明する。母親がよく付けていたあれだ。


「ほら、なんかちょっと酸っぱい様な匂いで、大人がよく身体に付けてたやつだよ。あれ付けて身体の匂いを誤魔化したりさ」

「ああ、香水か」

「そうそれそれ」


 前に奴隷の一人がこっそりと精製し少年を口説く際につけていたところ、鼻の曲がる様な匂いだとわざわざ獣人が鼻を摘みながら遠くからやって来て燃やしてしまったことがあった。言う程臭くもなかったのだが、どうやら獣人にはきつすぎる匂いの様だった。香水を処分した獣人が、手についたそれがなかなか落ちないと言って数日食事が喉を通らずげっそりとしていた記憶がある。


「臭い花ならその辺にたんと生ってるぞ。それの汁を持って行くか」

「うん、いいと思う。あと、逆に奴らが好きな匂いってのもあった。何か香みたいなのを焚いて、だらりとしている奴がいた」

「香? それは分かんねえな。ハンに聞いてみるか」

「竜人族には利かないみたいで、よく竜人族の奴がそんなところを奴隷に見せるなって怒ってたなあ」

「じゃあやはりそいつは鼻のいい獣人族にしか効果がねえみたいだな」

「多分な」


 ジオが腕組みをして唸る。


「だが匂いだけじゃ弱いな。俺は武人じゃあねえから武器の取り扱いなんて出来ねえが、武器の一つや二つは必要だろうな」

「ジオは力持ちだから、あれでいいんじゃないか?」


 ヒースが指差したその先にあったものは、ジオの商売道具の金槌だった。ジオが呆れた顔をする。


「あんな小さいのでどうやって戦えっていうんだよ」

「でっかいのを作ればいいじゃないか。ちゃんと魔石も練り込んでさ」

「でっかい金槌ねえ……。でもまあ、一番取り扱いには慣れちゃあいるけどな」

「金槌の反対側は斧にしてみようぜジオ! 薪割りしてるから斧も得意だろ!」


 想像してわくわくしているヒースを見て、ジオが苦笑いした。


「なあに楽しんでんだよ」

「だって考えるだけで楽しいじゃないか! そんでさ、それぞれ違う魔石を練り込んでみるってのはどうだ?」


 ジオがそれを聞いて真剣な顔に戻りぶつぶつ言い始めた。


「成程な、確かに全体に同じ効果をかけるより、それぞれに違う特性を与えてやるのも一つの手だ……いやしかし相反する属性を一つの武器には……だったら……」

「そんでさ、完成したらそいつに格好いい名前をつけようぜ!」


 目を輝かせるヒースを見るジオの憐れむ様な目。


「お前知ってるか、それが将来お前がいうところの黒歴史って奴になるんだよ」

「え、何で?」

「……まあそれが分からねえから黒歴史になるんだけどよ」


 ジオが頭を振るが、ヒースには訳が分からない。


「まあいい。で、お前はどうするんだ?」

「俺さ、武器振り回すのって向いてないと思うんだよな。怪我しても痛そうだし」


 細かい作業は我ながら得意だとは思うが、薪割りにしても細かくない作業はどうも苦手で、綺麗に真っ直ぐに割れないのだ。するとジオが物凄く呆れた顔をしてみせた。


「お前な……人には近距離攻撃の武器を勧めておいて」

「それに、父ちゃんが弓兵っていうのか? をやってんだんだよな。町の見張り台でさ。俺も小さい頃はよく矢を作らされてさ。お前の作る矢は真っ直ぐ飛ぶからとか何とか褒められて、ありゃあ自分で作る手間暇を省いたんじゃないかって」

「弓……でも確かに、獣人に近寄らせないのには遠距離攻撃が出来る武器があってもいいかもな。しかも矢がなくなっても途中で作れる。そういう意味ではありかもしれん」


 ジオがまた考え込み始めた。つまりは検討の余地ありということだ。ヒースは嬉しくなった。


「じゃあ武器作成開始だな!」

「まあ、とりあえずやってみるか」


 二人は立ち上がると、キュッと頭に布を巻き作業場へと向かったのだった。

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