第9話 魔石の使い方

 翌日、ジオが重々しく小箱から魔石を取り出して見せた。


「魔石は貴重だ。それぞれに込められている魔力も性質も異なる」

「うんうん」


 ヒースはジオの指に挟まれている透き通った赤い石を見つめたながら頷いた。


「長剣だとこの位の魔石が一つ、短剣ならこの半分位でいい」


 すると、ジオがすり鉢の様な金属の器の中に魔石をそっと置き、小ぶりの金槌を取り出しいきなりガン! と叩いた。


「ジオ! 割れちゃったぞ!」


 慌ててヒースが器を覗き込むと、魔石が粉々に割れている。


「いいんだよ。で、これをもっと細かく粉状にしていく」


 今後は金槌の反対側でゴリゴリと擦りだした。ヒースが近づこうとすると、デコピンされた。


「痛え! 何すんだよ!」

「お前の鼻息で飛んでいったら大事おおごとだからな、離れてろ」

「そんなに鼻息でかくないよ! ……ふえっくしゅん!」


 ジオの冷たい視線が突き刺さる。こういう時はどうするか? 笑って誤魔化すのだ。


「へへ」

「へへ、じゃねえよ。言っただろ、貴重なんだからな、くしゃみの一発で吹っ飛んだらそれでしまいだ」

「じゃあ口を布で覆うか!」


 ヒースが提案すると、ジオが驚いた様にヒースを見た。


「何その顔」

「……いや、その手があったか」

「……ジオだって十分……」

「ああん?」

「何でもない! ちょっと適当に見繕ってくる!」


 ヒースは逃げる様にして家の中に戻ると、普段二人が頭に巻いている布を二枚手に取り急いで戻る。ヒースが戻る頃には魔石は完全に粉状となっており、キラキラと火の光を反射して輝いていた。


 ヒースは慌てて口元に布を巻くと、もう一枚をジオに手渡した。ヒースと同じ様に口元に布を巻きつけたジオは、一回り小さな器を二つ用意し、そこに丁寧にスプーンで分け始めた。


「ちなみに赤い色は火の属性を持つ。これを昨日打った短剣に練り込むことで、火を纏う短剣の完成だ」

「へ? 剣が火を出すのか?」

「ああ。ただし使用者に魔力がねえとただの武器だけどな」

「てことは、俺もジオも使えるってこと?」


 魔石の中の魔力の結晶を見ることが出来ているのならば、そういうことなのではないか。するとジオが頷いた。


「使える。使える奴は、魔族も倒すことが出来る」

「てことは、魔力がない奴は魔剣も使えないし魔族も倒せないってことか」

「そういうことだ」

「滅茶苦茶不利じゃないか」

「だな」


 ジオがそうっと立ち上がり器を作業場に持って行く。


「だから多分だが、奴隷として捕まっていた奴は魔力がない奴が殆どじゃねえか? 手の刻印も、所有者から離れるとすぐ死んじまうってことは元の魔力量が少ないからだな」

「えーと、そうしたら魔力量が多かったら、離れても死なないってことか?」

「探されはするだろうが、そうだろうな」


 成程、だから監督者の人数はそれ程多くなかったのだ。離れたら勝手に死んでいくのなら、そう言い聞かせておけばいいだけの話だ。脱走者に向け火を放ったのは、刻印がない者を処分する為だろう。


「でもじゃあ俺は何で奴隷にされてたんだろう?」

「子供だったから判別つかなかったんだろうな。魔力が安定するのは大人になってからって聞くぞ」

「え、じゃあ俺、刻印されてたらもしかして魔力を持ってることがばれて殺されてた?」


 ジオが頷いた。


「可能性はあるな」

「……」


 改めて、如何に今の自分が普段だったらあり得ない幸運によって生かされているのかに思い至った。ヒースの番の直前で自滅しようとした奴、逃してくれたジェフ、導いてくれたクリフの母親、そして滑り落ちた先のジオ。


「俺って……実はすっごく運がいい?」


 ジオがにやりと笑う。


「それはお前の魔力のお陰かもな」

「俺の魔力?」


 魔石の中のキラキラは見えるが、そんなもの感じたことなどこれまでの人生一度もない。


「俺も分かんねえよ、ただそうかなと思っただけだ」

「ふうん?」


 よく分からない。分からないが、自滅しない様な何かが働いた結果が今、ということをジオは言いたいのかもしれなかった。


「まあいい。さて、これから練り込むぞ。昨日の短剣を熱して、それから振りかける。そしで柄をはめて接合して叩いて刃先を砥いで、おしまいだ」

「おお、つまりまだまだってことだな」

「その通りだ。無駄口はここまでだ、急ぐぞ」

「うん」


 ヒースは素直にジオの向かいに立ち、ジオの手先を見つめる。視界の端にちらりと映るジオの口の端が、小さく上がった気がした。



 それから次の満月までは、ひたすら魔剣を鍛え続けた。広大な森の中に鳴り響くのは、揃った二つの金属を打ち付ける音ばかりだ。


 ジオに合わせてヒースも打つ。ジオが打った対称にヒースも打ち込む。繰り返し繰り返し鍛え、一日の終わりには鍛え終えた刃に柄を付ける。柄は型を使って作られたもので、持ちやすい様それになめした動物の皮をぐるぐると巻く。動物の皮をなめすには川に晒したり時に腐らせてしまったりと時間がかかるそうで、その為皮紐はハンが物々交換でくれた物を使った。


 そのハンが、またやって来た。ヒースが会うのは二度目だ。あちこちの鍛冶屋を訪れているらしく、連続して尋ねてくるのは珍しいらしい。ハン用に何も用意していなかったジオは、渋々妖精族に頼まれた分の短剣を数本渡すことにした。これで次の満月までに更にペースを上げて作らなければならなくなったが仕方がない。


 ハンは持参した酒をちびりちびりと飲みながら、ヒースを相手に実に楽しそうに喋る。こんなにお喋りでよく武器商人などやってられるものだと思ったが、本人曰く日頃は寡黙らしい。疑わしかったが、まあ面白いのでヒースはそのままにしておくことにした。


「いやさ、西の方の鍛冶屋の所に行ったら、そいつ獣人に攫われちゃっててさ」

「獣人に?」


 ハンが干し肉をくちゃくちゃ噛みながら頷く。


「最近西の獣人の部族がやけに幅を利かせ始めててさ、そいつの作業場が近いから気を付けろって言っておいたのにぎりぎりまで踏ん張っちまってさ。捕まったら元も子もないだろうに」

「西ってのはここからどれ位だ?」


 珍しくジオが口を挟んできた。何か気になることでもあったのだろうか。


「馬をかっ飛ばして半月程かな。ま、俺は秘密の乗り物に乗ってるからもっと早いんだけどな」

「秘密の乗り物⁉ 何だそれ!」


 途端目を輝かせるヒースを見てハンは狙った効果が得られて満足したのか、少しだけ勿体ぶりながら話し始めた。


「ふふ。俺は空を飛んで行くんだ」

「空? 空を飛べるのって、竜人族とかじゃないのか?」

「俺の魔力だよ。それに少し妖精族の力も借りているんだ」

「何それ! ハン、実は凄え奴⁉」


 ヒースが興奮すると、ハンは相当気分を良くしたのか、ヒースを表に呼んだ。両腕をピン、と横に伸ばすと、金属の棒がシャーッと飛び出てきた。その先端に付いている部分をハンが握り固定する。


「うおお! 何だそれ!」

「魔剣と原理は一緒だが、俺は武人じゃないからな、代わりにこれを作ってもらった」

「すっげえ面倒だったぞ」


 扉にもたれ掛かってジオが言った。ヒースが慌てて振り返る。


「何、これジオが作ったのか⁉ すっげええええ!」

「ふん、朝飯前だ」


 だがジオの顔は満更でもなさそうである。


「ほれほれヒース、見てみろ。ここに込められた魔力に、俺の魔力を足す。するとだな」


 ただの棒だった部分に、薄い布の様な物が現れた。これは正に鳥の羽根だ。ハンが羽ばたく仕草をすると、ハンの身体がふわりと浮き上がった。


「おおおおおお!」


 羽ばたくのを止めると、ハンがスウッと降りてきて着地した。顔はかなりのドヤ顔だ。


「これで各地を飛び回ってんだよ。武器を持ったままの移動は結構コツがいるんだが、まあ俺にかかりゃあどってことねえってやつさ」

「あんまり飛び回ってると目立つぞっつってんだけどな」

「だからなるべく夜間に飛んでるよ。それにまあ、逃げる時にも便利だ」


 シャキーンと音を立てて棒が中にしまわれた。こんなことが出来るなんて思ってもみなかったヒースはただひたすら感動していたが。


「……逃げること、やっぱりあるのか?」


 数ヶ月前、自分が燃え盛る火に追われる様に逃げてきたことを思い出した。


「そりゃ、まあな。この傷もそういう時に出来たもんだ。あ、じゃあこの傷が出来た時の俺の見事な逃げっぷりを語ってやろう!」

「逃げっぷりなら俺も負けないぞ!」


 笑顔が戻ったヒースの背中を押しながら、ハンはジオの家の中へと戻っていった。


 ジオが夜空を見上げる。月はあと数日で満月となりそうだった。

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