第8話 魔剣作り開始

 ジオの拳骨は痛かった。


「お前は阿呆か! あ、阿呆だったな!」

「いっっってえええ……」

「シオンのことが全然聞けなかったじゃねえか!」

「何だよ、ジオだって女のことじゃねえか」

「俺はシオンの身を案じてるんだよ、お前みたいにデレデレしてねえ!」


 まあ、デレデレはしていた。それは認める。


「でも接点のことは詳しく聞けたじゃないか」

「ん、まあそれはな」


 少し怒りが萎んだらしい。ヒースは少しジオと距離を置いた。ジオの拳骨は本当に痛いのだ。


 暗い森の中を家へと戻る。本当によく歩けるものだ。


「あの王子ってのはどうもシオンの扱いが雑過ぎるんだ。自分の奥さんを危険な所に寄越すなんておかしくねえか? おかしいよな?」


 成程、ジオは自分が前線に出ないで妻の一人を危険な場所に行かせたことに憤っているのか。でも王様だか王子様ってのはそういうもんじゃないのか。現に魔族の監督者だって一番偉い奴はいつも状況を傍観してるだけだった。


「そんなに怒る位なら、連れてきちゃえばいいのに」

「それはさっきも」

「だってさ! 旦那に大事にされてねえんだろ? だったら」


 ジオがぐ、と詰まる。そしてそのまま黙り込んでしまった。


 ジオのでかい背中を追う。ジオは確かに思慮深いのだろう。色々と状況を考えて行動が出来るのだろう。でも考えている内に好きな人を掻っ攫われたじゃないか。


 殴られるのを覚悟で、ヒースが言った。


「もう、次の機会があったらのがすなよ」

「おま……!」


 ジオが振り向きざまぐお! と拳を振り上げるが、ヒースは怯まなかった。本気じゃないこと位、もうヒースにだって分かる。


 振り上げられた拳が行き場を無くしてそのままぱたりと力なく落ちた。


「分かってんだろ? 自分の気持ち」

「……くそっお前みたいな餓鬼に諭されるなんてな」


 ジオが珍しく凹んでいる。シオンに会えなかったのがそんなに悲しかったのか。


 ヒースは励ますつもりで言った。


「あのアシュリーの母ちゃんならおっぱいでかそうだな! シオンもおっぱいでかいのか?」


 そして今度は拳骨がちゃんと脳天に落ちてきた。


「お前と一緒にするな!」

「いっってええ……」


 でもジオの目に気力が戻ってきた様に見えた。痛いけど嬉しい。ヒースの口角が上がる。


「本当お前は阿呆だな」


 そう言って頭をぐしゃぐしゃに撫でるジオの手は、暖かかった。



 翌日、渡されたリストと在庫とを見比べて、ジオが腕を組んで唸った。


「俺だけじゃあこのリストの物を全部を作るのは次の満月までにゃあ間に合わねえなあ」

「何があるんだ?」

「ほぼ魔剣だ。今回はとにかく短剣が欲しいとさ。非戦闘員用だと。まあ女用だろうな」

「女用の短剣で、魔剣?」


 非戦闘員が魔剣を持つなど随分と物騒な話だ。魔族側の接点といい、少し妖精の世界も物騒になってきているのだろうか。


「あっちも色々とあるんだろうよ。しかし短剣か……」


 ジオが考え込む。こういう時に余計な口を挟むとまたポカリとやられるので、ヒースは作業場の整理整頓をしながらジオが結論を出すのを待った。

 

「ヒース、お前も作れ」

「え? いいのか?」


 剣を鍛えてもぽっきり折れるレベルの物しか出来上がらないのに、魔剣など作っていいのだろうか。

 ジオが眉間に皺を寄せつつ言った。


「仕方ねえ。その代わり俺が全部口出しするから文句言うんじゃねえぞ。タイミングも全部俺の指示に従え」


 異論はない。盗もうと思っていた技術を逆に教えてくれるなど、有り難いことこの上なかった。だがジオは不服そうだ。


「お前は見込みがあるから、あんまり俺流を押し付けたくなかったんだが仕方ねえもんな」

「え、俺見込みあるのか?」

「なかったらそもそも触らせてねえ」


 それを聞いて、思わずヒースの鼻の穴が膨らんだ。これは嬉しい、純粋に嬉しかった。


「じゃあ、向かい合せに同じ物を作っていくか。正面にいるんだったら俺もちゃんと見てやれるしな。そうしたら作業場を少し拡張するか」


 これまでは一人分の作業場しかなかったが、それではもう足りない。


「今から急いで場所を作る。分かったな」

「分かった!」


 要はヒース専用の作業場だ。これが嬉しくない訳がなかった。思わずワクワクした表情を浮かべるヒースを見て、ジオがようやく屈託のない笑顔を見せた。



 その日は作業場の拡張で終わり、実際に魔剣を鍛えるのは翌日から始まった。ヒースはひたすら目の前のジオと同じタイミングで同じ高さから同じ角度で金属を打ち込むことに専念する。すると、これだけでも今までの自分の打ち方が如何に不均等なものだったのかが理解出来た。一部はやり過ぎ、一部は足りず。それは折れるのも今なら分かる。


 火にくべるタイミングも、ジオと自分とでは全く違っていた。全てが違う。初日だけでそれが分かった。


 くたくたになり、晩飯後はジオお手製の風呂釜で星を仰ぐ。ジオが薪を裏から持ってきて横に積み上げた。


「なあジオ、俺、全然下手くそなんだな」

「どうした、当たり前のことを」


 ジオが火に薪を追加しながら笑った。下手で当たり前と言われても全くその通りだとしか思えない。ヒースはこれまでジオはそこそこ厳しいと思っていたが、ジオはただ当然のことを言っているだけだったのだ。


「俺が今までやってたのとジオのやること、全然違ったから驚いた」


 するとジオが驚いた様な顔をした。


「違いが分かったのか?」

「ああ、だってもう全く違ったもんな」

「……そうか」


 くつくつとジオが笑い、薪を更に追加してふいごで扇ぐ。


「あっちい! ちょっと入れ過ぎじゃねえかジオ!」

「はは、茹だっておけ」

「あちいいい!」


 我慢出来ずヒースが立ち上がると、夜風が濡れた身体を一瞬で冷やした。全く。


「明日は魔石を使って仕上げをするからな」

「わ、分かった」


 いよいよ魔石の出番だ。ヒースは風呂釜に突っ立って拳を振り上げた。


「俺やるよ! ジオ!」


 するとジオが呆れてヒースの股間を見た。


「素っ裸で何やってんだ阿呆。見せるなよ」

「だって熱いんだもん」

「男だらけの世界で生きてくると恥じらいってもんがなくなるのかねえ」

「え、これ駄目か?」


 ジオが頷きタオルをヒースに投げつけた。


「女の前でやってみろ。逃げられるか蹴られるかまあろくなことにはならん」

「そうか……駄目なのか」


 ヒースは自分の股間を見下ろした。まあ、あえて見せる必要もない。自分にそう納得させた。


「ついでに女に向かってお前がよく言ってるおっぱいだあ何だも言っちゃいかん」

「え、何で?」

「……まじで分かんねえのか……」


 ジオが深い深い溜息をついた。


「アシュリーは優しそうだけどな、身体の特徴は相手に言っちゃなんねえ。分かったな?」


 おっぱいがでかいも本人には言ってはいけないということか。まあ、そういうこともあるのかもしれない。ヒースは頷いた。


「可愛いも駄目?」

「それは二人きりの時に言うやつだ。頼むから俺が横にいる時にそういう頭の軽い台詞をペラペラ喋らないでくれ」


 頭の軽い台詞。可愛いものを可愛いと言うのが頭が軽いことになるのか? ヒースは首を傾げた。それを見て、ジオが苛々とした顔になった。


「あーもう! だから、女に向かって可愛いだの綺麗だの言うのは相手を口説く時に使う台詞なんだよ!」

「見たまんまを言っただけだったんだけど、いけなかったのか」


 ジオが自分の頭をぐしゃぐしゃした。


「いけなくはねえ、いけなくはねえんだけどよ、相手は口説かれたと思うからな!」

「え、じゃあ俺アシュリーを口説いたことになるのか?」


 だって普通に可愛かった。色んな所がぷるぷるで、出来たら色んな所に触れてみたいと思ったのは事実だ。


「顔を赤くしてたろ?」

「口説く……って、やらせろってこと?」


 奴隷時代は男しかいなかったが、時折口説いてくる奴はいた。目的は勿論一つだ。


「……お前は……色々と学ぶ必要があるな、うん」


 ジオが頭を抱えたが、ヒースにはその理由がよく分からなかったので、努めて明るく言ってみた。


「俺、勉強するよ! ジオ、教えてくれよな!」


 にこにこしてみたが、ヒースをチラ見するジオには諦観が漂っているばかりだった。

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