第6話 ジオの過去
次の満月の日が近づいてきた。
クリフが勝手に抜け出さない様に、ヤギ小屋の柵はジオによって高く直された。クリフは若干不服そうだが、何の意味もない柵ではどうしようもないし、夜の森は確かに危ない。
ヒースは慰める様にクリフの首を撫でた。
ヒースの剣を鍛える腕は、ジオ曰く「ちょぴっと」成長したらしい。そのちょぴっとの内訳を聞くと、持ち方だそうだ。打ち方ではなかったのでヒースががっくり凹んでいると、独り立ちするのに十年はかかると言われる位だからお前はまだ覚えが早い方だと慰められた。奴隷時代に力仕事をしていたから体力は充分、それだけでも有利だそうだ。
確かに体力には自信がある。ヒースは自分の身体を見下ろしてみる。始めにここに逃げ込んで来た時よりも更に筋肉が付き、一回り大きくなった気がした。でもジオはもっとムキムキだから、まだ足りないのかもしれない。
あれからジオは、ヒースの疑問に答える様にポツリポツリとシオンと妖精の泉のことを話してくれる様になった。あまり多くは教えてくれないが。
「俺は元々は町にある鍛冶屋に弟子入りしてたんだよ」
「町? そんなのどこにあるんだ?」
「もうねえ。焼かれた」
そう言われると続きが聞きにくい。これはヒースが余計な口を挟むからだと気付いてからは、うんとかふーんとか相槌を打つだけにしようと思ったが、つい口を挟んでしまう。それ程にヒースは何も外の世界のことを知らなかった。
「……で?」
「この森の中に妖精の泉があるのは師匠から聞いていたが、ほんの一部の人間だけに知られたことだった。よからぬことを考える阿呆はどこにでもいるからな、町の極秘ネタってことだ」
「ほお」
ジオがヒースの相槌に微妙な顔をする。何故だろうか。
「師匠も段々年取ってきてここまで来るのが辛くなってきて、一番弟子だった俺が代理で来る様になった。もう二十年位前の話だ」
「へえ」
「……その相槌……まあいい。その時に妖精側の物々交換の係が、この間いたシオンて女だ。接点からは時折危ない奴が入り込むこともある。その為、腕に自信がある奴が配置されていた」
「シオンは強いってことか?」
ジオが頷いた。
「王家直属の騎士団に所属してたそうだ」
「妖精って王様いるのか」
「らしいな」
「それでそれで?」
ジオが少し言いにくそうに俯いた。これは何かありそうだ。この間、手を握られていたのもこの目でしかと見た。絶対何かある、ヒースはそう踏んでいた。
「まあその、俺達も若かったからな」
「うんうん」
身を乗り出してきたヒースに向かってジオが金槌を構えてみせた。ヒースは慌てて後ろに身体を引いた。
「話している内に仲良くなって、その、こっちに来ないかと話を持ちかけた」
「やるじゃねえかジオ!」
ジオがギロリと睨んだ。ヒースは口を閉じた。
「……だけど、次の満月にこちらに来ようとしてたのが王子に知られちまったらしくて、ある日突然接点に来なくなった。代わりの奴が来て言った。シオンは王子と結婚したと」
「へ?」
「妖精は男が少ないからか一夫多妻制でな。前から言い寄られていたらしいがシオンは嫌がっていた。それもあって早くこっちへ来いっつってたんだが、間に合わなかった」
「うおお」
ジオがまた何か言いたそうな顔をした。
「もうどうしようもねえ。俺はその代理の奴とまた物々交換をするだけさ。そんな時、町が魔族に襲われた」
「十年前か?」
ジオが首を横に振る。
「んにゃ、十何年前だったかな。魔族の襲撃はそれまでもあったんだよ。お前の所はどうだったか知らんが、この辺りは前からあった。で、町を封鎖して戦ってたんだが、女は攫われ子供は奴隷にされ、師匠は魔剣を鍛えることが出来ると他の弟子達と一緒に奴らの国に連れて行かれた」
「ジオは?」
「俺は行きたくなかった。その、あれだ、妖精の泉から離れるのが、ちょっと」
もごもごと言いにくそうにしている。成程、未練たらたらだったということか。そう思ったことがヒースの顔に出ていたらしい。またジオがギロリと睨んできた。やばいやばい。ヒースは緩んでいた顔を引き締めることにした。
「で、ここに家を作り始めた。焼け残った道具を運んできたり、まあ大変でな。ようやく落ち着いた頃に妖精の泉に行ったら、シオンが待っていた」
「うおう」
思わず声が出てしまい、ジオに叩かれる前に口をぱっと押さえた。
「子供を生んだんだとよ。その後は見向きもされなくなったと言ってた。まあ他に女はゴロゴロいるからな。一夫多妻制だとまあ必ずあぶれる奴が出てくるんだろう」
「なあ」
「何だ」
ジオはむすっとしている。聞きづらかったが、だがこれははっきりさせておきたかった。
「さっきから言ってるその一夫多妻制ってなんだ?」
ジオががくっと椅子からずり落ちた。
「ま、まあ知らなくても仕方ないか。夫一人に対して妻がいっぱいいることだよ」
「何だそれ! すっげえ贅沢だな! おっぱいに囲まれ放題ってことか!」
「……ちょっと違うと思うが、まあ相手は沢山いるってことだ」
「ふおお」
ようやく意味が分かった。つまりその王子様とやらはジオにシオンを渡したくなくて自分の物にしたのに、他にも奥さんをいっぱい作ったらそっちがよくなってしまってポイっとしたということだ。成程。
「て、それ酷くねえ⁉」
「人間のところにやりたくなかったんだろうが、だが結果それで良かったんだ」
「どこがいいんだよ! ジオはシオンが好きだったんだろ?」
「だからだよ。分かんねえか?」
分からない。何がいいんだろうか。
ヒースが首を傾げているのを見て、ジオは諦めたらしい。話し始めた。
「……だから、こっちに来てたら魔族に攫われてただろうが」
「ああ! そうか!」
ぽん! と手を叩くヒースに寄越す、ジオの呆れた視線。分からなかったんだ、仕方がないじゃないか。
「攫われてたら、もう二度と会えないかもしれなかった。今は接点で会える。だからよかったんだ」
「でもだったら、もうこっちに連れてきちゃえばいいじゃないか」
「この何もない森の中へか? 周りはうじゃうじゃ魔族がいて、いつ
ヒースは黙った。
「俺がぽっくり逝っちまったらどうする? 自分の国に戻れなかったら永遠にここで一人か? そんな可能性があるのに連れてこれるか?」
「……悪かったよ」
でもだって、シオンはとても来たそうだった。あの手はそういう手だったから。
「じゃあジオが行けば良かったんじゃないか?」
その場合、ヒースは恐らく助かってなかっただろうが。
「向こうに行っても王子様の奥さんやってるだろうが」
「あ」
ジオが深い溜息をついた。
「……だから、俺達はこれでいいんだよ。始めからこれでよかったんだ」
全然よくなさそうな顔をしている癖に、と思ったが睨まれたので何も言わなかった。
「だがまあ、お前が俺のことを考えて言ってくれているのは分かってるよ」
「だってあの時さ、ジオはすごく寂しそうだったからさ、俺」
何かいい案がないかとつい思ってしまったのだ。ヒースが凹んだのが分かったのだろう、ジオが苦笑いした。
「別に責めちゃいねえよ。まあお前は阿呆ではあるけど」
「阿呆……」
「でも馬鹿じゃねえ。ちゃんと人のことを考えられる奴だ。だから奴隷の時もお前を逃してくれた奴が現れたんだろう」
「ジェフ? ジェフが何で俺を助けたか?」
考えたこともなかった。そういえば何故だろう。ヒースはジェフが面倒見がよくてヒースを放っておけなかったからだと思っていたが、違うのか。
「お前は学がねえから知らないことは多い。でも真っ直ぐだ。そんで人として一番大事な相手を思いやれる気持ちがある。だから、お前に託したんだろうよ」
「託す? 何を?」
ジオの眉が情けなく垂れ下がった。
「そいつはこの先お前が自分で考えて答えを出せ」
「考えるのか……わ、分かった」
頭を使うのは正直苦手だが、だがヒースの命はジェフが守ってくれたからこそ今ここにある。時間はかかるかもしれないが、ちゃんと考えてみよう。
ヒースはそう思った。
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