第4話 妖精に会いたい

 翌日、数点の武器と引き換えに、保存食や塩などの調味料やその他諸々を置いて武器商人のハンは去っていった。金はここでは必要ないからだ。


「いやあ、よく喋るおじさんだったな」


 すっかり大きくなり背中の斑点模様もほぼ消えたクリフの首に腕を回しつつ、ヒースが言った。クリフの首にはジオが作ってくれた大きな鈴が付いている。ヤギの首にも付いているのでこれでお揃いだった。迷子防止のつもりらしい。何だかんだ言ってジオは優しいのだ。


「あいつも普段は地下に潜ってるからな、他に人間も魔族もいないここはつい気が抜けるらしいぞ」

「地下? 地下に町があるのか?」

「そういう意味じゃねえよ」


 はあ、とジオが溜息をついた。ジオはこちらから聞かないとなかなか教えてくれない。本人曰く口下手だそうだが、ヒースはジオがただ面倒臭がりなのだろうと踏んでいた。昨日も殆どハンの相手はヒースがしている。そもそもこんな森の奥に一人でいてもケロッとしていられるから元々つるまなくても平気な人種なのだろう。所謂職人気質というやつかもしれなかった。



「さあ、昨日の続きだ」


 ジオが金属製のお手製マグカップをガン、とテーブルに置いて腿を両手で叩きつつ立ち上がった。ヒースも立ち上がるとキュッと布で頭を巻いた。分厚い作業用エプロンを着け、皮の手袋を装着する。

 昨日ハンに言った通り、ジオはようやくヒースに金槌を持たせてくれた。そして一発目で跳ねた火花でさっそく腕を火傷した。ダメダメだが、新しいことを覚えるのは単純に楽しい。繰り返し繰り返し叩きつけていたら、あっという間に昼になった。手がジンジンしていた。


 ジオの飯は美味い。スープひとつ取っても奴隷時代とは比べ物にならなかった。半泣きで飯を掻き込むヒースを半ば呆れた様に見て、ジオは笑った。


「まあ奴隷は次の日動けりゃ味なんて関係ないしな」

「本当もうカッチカチの無味無臭でさ、ジオの飯は何でこんなに美味いんだろう」


 汗をかきつつスープを飲み干す。さすがに森の奥での一人暮らしでパンを用意するのは難しいのか、パンの代わりにこれは芋を練って茹でた物が主食になっている。これがまたもちもちして堪らなく美味い。スープに浸したりそのまま食べても絶品だった。武器も作れて飯も作れるなど、ヒースから見たら師匠を通り越して神の域だ。


「獣人とかは特に味付けなくても美味く感じるって聞いたな。それが原因じゃないか?」

「あのクソまず飯が美味いって? 何だか可哀想だな」


 ジオがかっかっと笑う。出会ったばかりの頃は笑い方を忘れていたのか引き攣った様な笑いをしていたが、さすがに何ヶ月も一緒にいたら慣れたのだろう、最近の笑いは屈託のないものに変わっていた。


「家族を奪って奴隷にしやがった奴らに可哀想ったあ、お前もおめでたい奴だな」

「だって連れ去られちまった女達もそのクソまず飯を食わされてるんだろ? ジオは食べたことないかもしれないけど、やばいぜあれ」

「この間食わされただろ」

「もしかして俺の作った飯のこと言ってる?」

「それ以外にあるか?」


 先日、ジオに教わりながら初めて飯を調理してみたところ、燃えカスの様な物体が出来上がった。料理の腕以前の問題だとジオが頭を抱えていたので、問題点がどこにあるのか分からないヒースはとりあえず笑って誤魔化した。そのことだろう。


「魔族でも人型に近い奴らは美食家らしいけどな。それよりも妖精の方が食の好みは合うだろうな」

「昨日ハンが言ってたヤツだ! その妖精ってのは何だよ」


 スープのおかわりを注ぎながらヒースが尋ねる。


「羽根が生えた魔力の塊みたいな種族だ。人間族とは逆でな、圧倒的に女が多くて時折伴侶探しに国から出て来るんだが、ここ最近はめっきり現れなくなった」

「お、女?」


 ヒースが思わず目を見開く。ここ十年お目にかかってない、悲願であり合言葉の『おっぱいに触れるまでは死なない』にかなり重要に関わってくる存在ではないか。おっぱいもちゃんとあるのだろうか。気になった。


「人間の男自体も減っちまったからな。でもあまり魔族とは反りが合わない様で魔族とはつがいになったって話は聞かないな」


 成程、どこの種族も男女比がかなり不均衡らしい。種の繁栄が重要なのはどの種族も同じであれば、争いが起きるのも当然の摂理なのかもしれなかった。


 それにしても、ジオはやけに妖精に詳しい。


「ジオ、何でそんなに色々知ってるんだ? あ、もしかして魔人を斬れる剣を作るのに必要な妖精の力って、もしかしてジオの奥さんの力……とか?」


 ジオが昨日の武器商人以外の人間と話すところはを見たことがないが、魔剣を鍛えることが出来ているのだからどこかで妖精の力を借りている筈だった。


「俺には奥さんなんて物はいねえよ」

「だよなあ」


 家財道具はヒースが来るまで一人分しかなかった。ヒースのコップやら皿やら何やらは皆ジオが後から作ってくれた物ばかりだ。


 ヒースは首を傾げる。するとジオが可笑しそうに笑った。


「あのな、妖精の力を借りるっつっても妖精本人の力が必要な訳じゃねえ」

「よく分かんねえ」


 更に首を傾げたヒースを見て、ジオはようやく丁寧に説明をし始めた。


「妖精にはそれぞれ得意の属性ってもんがあってな、奴らはそれを魔石に封じ込めることが出来る。俺はそれを物々交換で入手してるんだ」

「物々交換? 何と?」

「やつらも魔剣は欲しい様でな、魔剣も欲しがるし俺の作った普通のナイフとかは好評らしくてな、その時々で色々頼まれる」


 本当に物々交換だった。


「じゃあジオはしょっちゅう妖精と会ってるのか?」


 わくわくしてヒースが尋ねると、ジオが笑いながら首を横に振った。


「この森の中には奴らの国との接点があってな、そこの前でお互い要求する物を言い合うだけさ」


 ヒースの唇が尖った。


「ちえっ折角女が見れると思ったのにな」

「こっちで女が不足してるのは奴らもよく知ってるからな、知らねえ奴には簡単に姿は見せねえな。それに一旦こっちに来ると、なかなか戻ることが出来ないとか聞いたぞ。特に力のない奴はこちらに残らざるを得ないとか」

「じゃあ嫁に来るのも一代決心なんだな」


 結婚とか嫁を迎えるとかは正直よく分からないが、実家においそれと帰れないのは確かに辛いかもしれない。


「ちなみに人間が妖精の国には行けるのか?」

「今は禁止されているらしい」

「え? 何で?」


 ジオがにやりと笑った。


「いつの世も阿呆なことを考えつく男は山の様にいてな、妖精の国にいってハーレムを作りたい放題だって乗り込んで片っ端から妖精の女を襲う輩が時折いるんだとさ。勿論ボコボコにされて奴隷にされるらしいが。魔力を持たない人間はこちらに戻ってこれないらしいしな」


 先程からジオの話でよく分からないのが、『戻れない』という意味だ。なのでヒースは素直に聞いた。


「なあジオ、戻れないってどういう意味だ? 国境が閉鎖されてるとかなのか?」


 すると、ジオは一瞬変な顔をした後に破顔した。


「悪い悪い、そこの説明が必要だったか」

「仕方ねえだろ、会ったことも聞いたこともないしずっと奴隷だったんだからさ」

「そうだな、済まなかった」


 ジオの大きなごつい手がヒースの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。子供扱いされている様に感じるが、これはこれで、まあその、悪くはない。


「妖精の国は人間や魔族が暮らすこの世界とはちょっと違う世界にあるんだよ」

「違う世界? ここと同じ様な場所が別にあるってことか?」

「多分な。俺も行ったことはねえから正確には分からんが」

「へえ」

「魔族も元は違う世界の種族だったのが、その世界が壊れて人間の世界にやって来たとか来なかったとか」

「え? そうなの?」

「と、聞いたことがある」


 奴隷仲間は誰もそんなことは言っていなかった。知っていたら話にも登ってきただろう。ということは、普通の人間は知らない話なのかもしれなかった。


「そうか……でもじゃあ妖精とは会えないんだな、残念」


 できたらおっぱいを見てみたかった。服の上からでもいいから。

 すると、ジオが言った。


「もう少しまともな剣が鍛えられる様になったら、お前も物々交換をする場所に連れて行ってやる。運が良けりゃあお前も妖精に会えるかもしれないぜ」

「え? 本当か? 行きたい!」


 ジオが頷いた。


「だから頑張って早くまともなもん作れる様になれよ」

「うおお! 燃えてきた! やるよ、俺やるよジオ!」


 ヒースは大分太くなってきた腕を腕まくりして力こぶを作った。


「そのやる気を燃やしすぎてこの間の燃えカスみたいになるなよ」

「酷いなあジオ」

「ははっ」


 奴隷の時は知りもしなかった世界がある。それを垣間見ることがもしかしたら出来るのかもしれない、そう思うとヒースは俄然やる気が出てきたのだった。

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