たった二人の戦争

キノハタ

僕 対 君

 「知ってるか? ここの戦争って。ちょうど三日前に終わったんだぜ?」


 「……知ってるよ」


 僕とそいつは放棄された市街地の中で二人、それぞれ違う壁の隙間に身を隠しながら、そんな話をしていた。


 「なのに、戦うのは止めないのか?」


 どことなく、嘲るような声がした。


 僕は返事の代わりに手持ちの手榴弾のピンを抜いて壁の向こうに投げ込む。


 同時に、少しだけ身を乗り出してライフルを構えた。


 ————物陰から、出たら、撃つ。


 数秒の後、炸裂音が響く。


 同時に、物陰から何かが飛び出た。


 そこに銃口を合わせて、引き金を引く。


 耳を劈くような、でももうすっかり慣れ切ってしまった爆音と、僕の身体には些か大掛かりな反動が、手持ちのライフルから響いた。


 銃の反動に身体を押されながら、想う。




 




 異変。


 錯覚。


 理解を放棄して、その場から転がった。


 一秒と経たない間に、僕の額があった場所に銃弾がめり込んだ。


 思考と確認をすっ飛ばして、弾が飛んできた方向から死角の壁に飛び込んだ。


 もう一発、僕の残像を撃ち殺すように、銃弾が飛んできていた。


 全身から噴き出る冷や汗。


 治まらない動悸。


 指の震えを堪えて、全霊で耳を澄ませる。


 行動の兆候を一つでも聞き逃すまいと、耳を傾けた。


 少し遠くで、かしゃんと音がした。


 弾倉が床に落ちる音だ。


 結構遠い。


 僕が手榴弾を投げた後、あそこまで走っていたのか。


 それから、上着か何かをブラフで僕に撃ち抜かせて、狙撃し返してきた。


 なんて奴だよ。


 震える手でもう一度、ライフルを握りしめた。


 息を少し、落ち着ける。


 頭を一度、冷静に冷やす。


 勝つための策を探し出す。


 「お前、家族はいるのか?」


 そんな声が、さっきより遠くから響いてきた。


 「死んだ」


 答えた。


 「俺もだ」


 返答。


 「……」


 沈黙。


 「そんで俺はさ、戦争が終わったとか、正直、どうでもいいんだよ」


 発話。


 「……」


 黙秘。


 「家族殺した奴らと終戦だから仲良くしましょうってか? 無理だろ」


 感情論。


 「そっか」


 相槌。


 「お前はどうなんだよ、なんで戦い続けてんだ?」


 質問。


 「故郷がなくなったから」


 解答。


 「同じか」


 納得。


 …………。


 「


 否定。


 「……」


 沈黙。


 弾倉を確認した。それから全部、理解する。口に出したことで、僕が撤退命令を受けて、尚、まだこの場所で戦い続ける意味を。


 今、ここで、理解した。


 「これはさ、ただの意地の張りあいだよ。


 だって、そうだろ?

 

 僕らはわざわざ戦わなくたって、これからどこでだって生きていけるんだから。


 そうしないのは意地があるからだよ、自分の中でこれだって思う何かを、君も僕も曲げられないんだ。


 お互いが、お互いを認められないんだよ。どうしたって。


 道が重なっててさ、無視して逃げることもできないんだ。


 そう、お互い、無理矢理、思い込んでるんだよ。


 だから、戦ってるんだろ? 戦争が終わっても、まだ。


 君は僕を否定するために。


 僕は君を否定するために。


 お前より辛いのは自分なんだって。


 お前に復讐する権利があるのは自分なんだって。


 そう思い込むために。


 僕らは——————」


 轟音が鳴り響いた。


 彼が空に向けて、一発撃った音だった。


 何かが割れるような音の後、嘘みたいな静寂が残った。


 「ほんとはさ」


 彼の声。


 「家族が死んでもさ、別に悲しくなんてなかったんだよ」


 続く。


 「そもそも俺を軍隊に売ったようなやつだぜ? 何を悲しむってんだ」


 続く。


 「なのによ」


 続いてく。


 「なんでかさ、すっげー……湧いてきたんだ。なんていうんだ、……怒りか。それがさ、意味わかんないくらい湧いてきた。あいつらのことなんて、もうどうでもいいはずなのに、命懸ける理由も、もうないはずなのに。でも、それでも、怒りはなくなんねえから。だから、戦ってる」


 言葉。


 「そっか」


 相槌。


 「お前は? 売られたクチ?」


 質問。


 「うん」


 続く。


 「僕はさ、怒れなかった。僕も家族なんてどうでもよかったけど、僕が過ごしたあの村は、もうどこにもないんだって想ったら、ただ悲しかったはずなんだ」


 続く。


 「隣の家の子がよく笑う女の子だった。近所のおじいちゃんは変な話をする人だった。ネコの番がいたんだ、子どもが増えてるかもしれない」


 続いてしまう。


 「だから、悲しい、はずなんだ。うまくわからないけど、そのはずなんだ。だからそれを確かめるために————」


 「———戦ってるのか」


 言葉は引き取られた。


 それから、先、少し長い沈黙があった。


 でも、いつまでも、続きはしない。

 

 「悲しいはず、か、意味わかんねえな。いや、意味わかんねえのは俺も同じか」


 「ねえ」


 「ああ」


 「始めようよ」


 「そうだな」


 お互い、逃げ道はない。


 お互い、帰る場所もない。


 もう、どこにだって行けやしない。


 そう決めつけてる。


 だってまだ、僕らの戦争は終わってないのだから。


 まだ僕らの意地は、怒りは、悲しみは。


 どこにだって、誰にだって、受け止めてもらっていないのだから。


 沈黙が続く。


 お互いの呼吸の音までわかる。


 だから、わかった。


 すっと。


 呼吸の音が止まる。


 土を踏む音。


 理解して。


 同時に駆け出した。


 物陰から飛び出す。


 お互いに銃口を向ける。


 照準越しに彼と初めて目が合った。




 



 発砲音が、二つ、響いてた。




















































 「で、お互い、弾切れかよ」


 「どうする? まだやる?」


 「さあな、なんにせよ。色々補充しねえと」


 僕らは二人そろって、空を見上げた。


 呆れるほどに晴れた空の下。


 僕と君は息を吐いて、どちらともなく歩き出した。


 「ねえ、どこ行こっか」


 「さあ、どこでもいいだろ」


 君と同じ、どこか遠い空の下。


 僕らの戦争人生はまだ続いてく。

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