<空 3> 元商家子女の告解 3

「あの方を、お側で守らせてくださいっ」

「親に捨てられて正気を失ったの?あなたが、あの子をしたのよ?」

 苛立ちすべてを表情にのせて。憤りは魔力を滾らせ火花を散らす。青紫の遅れ毛が一本、ちりちり燃え尽きた。

「私が、だから、責任をっ」

「何ができるっていうの?騙されて叫ぶことしかできない程度の庶民の小娘が、我がセグレア伯爵家に何を捧げると?」

 


 いつまでも呆けていた私の肩を強く掴んで引きずるように退室させたセグレア伯爵家長子マリーズ様は、扉を丁寧に閉めて数瞬、ドアノブに視線を落とした。振り返った時の凜然とした表情は、鎧なのか素の表情なのか判然としなかったが、先ほどの少女——もちろん庭で笑っていた顔——とどこかしら似ていた。

 どこにでも行くといい。マリーズ様はいう。話したければ話せば良いし、何を縛りもしないけれど、まぁオツムが正常ならば分かるでしょう。と注釈を加えて。


 帰るところなどもはや無いと分かっていての悪意ではない。むしろ大切な少女、おそらく妹に危害——言葉だけであるが、結果を考えれば危害以外の何でもない——を加えた私に情けを掛けているのだ。しかし、私には遣るべき事がある。

 あの方をああしたのが私ならば、元に戻られるまで、お側でお守りするべきだ。


 懇願に、マリーズ様の表情は曇り、すぐに憤怒と変わる。くるくる簡単に変わる顔と機嫌を隠さない明快さは、大人の女性然とした見た目に合わず、案外私よりも若いのかもしれないと頭の端で考える。愚直な態度に弱くともそうでなくとも、私にはほかに方法はないのだが。

 お願いしますともう一度、頭を下げられるだけ下げた。上からは再び苦々しい言葉が降る。


「・・・オトコも知らない子どもなんて役に立たないわ。ウチではガキはお断りしているの」

「では、大人のオンナになって戻ってきますっ」

「は?ちょっと、待ちなさ・・・」


 風を纏って全力で廊下を突っ切り、世話になった侍女頭に会釈を残して、セグレア屋敷を飛び出した。

 要するにオトコに抱かれてくればいいんだ。





 これは。マズったかもしれない。

 貴族屋敷の並ぶ区域から外れ、商業区域に入ったあたり、道行く人たちが振り返って見て行く。ひそひそと囁き合う人たちもいて、何事かと思い、ふと商店のガラスに映る自分の姿を見て納得した。

 お団子状に纏めていた髪は中途半端に落ちてボサボサ、叫んだ後に投げ飛ばされたか殴られたかで唇は腫れている、着替えもせずに飛び出したから侍女服のまま、そのシャツはボタンが飛んで胸の下着と谷間が半分見え、スカートの下の黒タイツも見事に破れて、右は線状に、左は点々と肌色が見えている。


「お嬢さん、大丈夫かい?」

 さてどうしてやろうと、まずは中途半端な髪を解いて手ぐしで整えていると、斜め後ろからぬっと出てきた巨大な影が話し掛けてきた。

 大丈夫です、と応えようとして。振り返って見上げた。屈強の大男。枯れ草色の開襟シャツからはみ出したゴツゴツとした木材の腕はそれだけで凶器、胸板というには太く盛り上がり影を落とす胸、立ち居のどっしりとした安定感は鍛え上げた下肢そのもの。

 どうせなら。この人が、いい。


「追われて・・・どこかに、匿ってください」

 ひしと縋り付いて、涙目で見上げる。見下ろす栗色の目は、瞬き、逡巡する。

「早く。お願い」

 行商人向けの安宿の場所は知ってる。大男を促して、部屋にふたりで入る。先払いの木賃宿に泊まるにも銅貨の一枚も持ってなかったことに今さら気づいて、考えなしもここまで来ると堂に入っていると背中を向けたままこっそり笑う。

 大男は居心地悪そうに扉の前で口を開く。


「理由だけ、念のために。いや、一晩二晩泊めるくらいの金はどうってこたぁないんだが・・・」

「身体で支払いますから、いえ、理由は言えませんが、抱いてください」

「はぁ?いやいや、俺はそんな積もりで・・・み、見損なうな・・・ってなぜ脱ぐっ」


 早い、待て、とふたつ飛んで残り三つになったシャツのボタンを外す手に、肩越しに手を重ねる。私の両手をすっぽりと覆う大きくて分厚い手だ。この手が、いい。

 構わずに手を動かす。大男の手がぎゅっと押さえつけて、動かせなくなる。


「待てって。なぁ、ヤケになるようなコトが・・・あったのかもしれないが、身を落として何になる?生き方なんぞどうにでもなるだろう?」

「若い女ひとりで何をどうやってマトモに生きていけると?世の中甘くない。結局身を売るハメになるのなら、好き勝手に売れるウチに売って、命懸けでも遣りたいように遣るわ。私は」

 

 自分のケツくらい自分で拭く。

 これでもかと睨み付ける積もりで振り返り見上げた瞳は、目が合うとほとんど同時に妖艶に光って私の背筋をぞくり震わせる。ぞわりとした予感に頭の後ろ辺りがびりついて、背けようとした顔はいつの間にか固定されて動かず、大男の目が閉じたかと思うと顔全体が近づいてきて、開きかけた私の唇をその唇できっちりと覆う。そして、隙間から柔らかなモノを差し入れた。しばらく貪ったあと、力が入らなくなった私を支えながら耳元で感じたことないくらい熱い吐息雑じりに、手加減できないかもしれないわよと囁き、その囁きに私の身体の芯が溶け出す。

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