<48> 猛禽の巣立ちは過保護
聖都の外れにある墓地にて一人の女性が埋められようとしていた。墓場の管理人が握るスコップのひと掬いごとに棺桶は姿を隠していく。
見守る家族の黒いベールの内側からぼたりぼたり落ちた水分が、地面の色を褐色からより暗い色に変える。やがて箱の黒い外形が完全に見えなくなったとき、堪えきれなくなった年長の女性が肩を大きく揺らして失った家族の名を呼んだ。
「ルージュ、ルージュぅう」
ほんの一週間ほど前に社交デビューを果たし、その容姿から時の人となるはずだった末娘を攫われ、殺された伯爵夫人の慟哭が空に響く。
見送る家族は、夫人の他は末娘が攫われるきっかけとなった婚約披露パーティの主である次女しかいない。高位貴族子弟による前代未聞ともいえる犯罪の全容解明に奔走する騎士団統括伯と二人の息子には亡くなった者を悼んでいる暇などなく、長女はすでに嫁ぎ先である辺境伯領に戻っている。
常に凛然としたセグレア伯爵夫人からは程遠い様に、周囲を守る騎士や控える侍女たちも涙を禁じえなかった。みな目頭を押さえ、俯き、或いは仰ぐ。
嗚咽によろめく母を支えた次女は耳打ちした。
「お母様・・・少し芝居がかり過ぎていますわ」
「あらぁ、大袈裟な方が伝わりやすいでしょう?」
ぴぃーーーーーっ。
うろこ雲覆う大空に舞う猛禽が、高らかに謳う。
家と名を捨て巣立っていった末娘は、それでも同じ空の下で人生を送る。素性や見た目になど価値はなく、金色か狐色かなど些細な違いで、泥に埋もれれば同じ事。人生の輝きなど所詮胸の裡にしか現れず、他者から見た栄光などに何の意味があろうか。
ただ色味が異なるというだけの賢母の資質の為に王に命を狙われ、本来であれば国を挙げて歓迎されるべき類稀なる魔力の為に北の隣国にまでその身を狙われる。
一見輝かしい資質や力が呪いにしかならないのならば、それを産んだ者は魔女か悪魔か、少なくとも天の遣いなどではあるまい。正しく魔女の自覚があるセグレア伯爵夫人は、魔女らしい方法で護りたいモノすべてを護ると決めている。
「あの子を隣にはやらない。ツブすわよ、サリア」
「『売られた喧嘩は倍返し』ね」
ベールの内側でニヤリ笑うふたりは、それでも支え合う小芝居を続けて墓前を去った。
*
「ふむ、国王重病にて王位返上、王弟リグイット公爵が即位、と」
聖都から馬車で三日のタルク村にその報が届いたのは、すでに即位式が終わった後だった。聖都で売られる新聞が一週間遅れで配達される田舎の村だから仕方ないとはいえ、っていうか、国王が代わるっていう重大事が即日報されない村ってどういう?
王妃とまだ二歳であった幼王子が相次いで伝染病で亡くなり、国王も同じ病に罹っていることが判明した。隣国フォリッサゥから輸入した珍しい鳥からもたらされた病のようで、周辺にいた侍女、騎士、医師などもみな隔離しており、街に病が広がることはない。ただ、国王はすでに重篤で、保ってあと数日ということだ。原因が原因だけに派手な弔いは行われず、火葬後、王家の墓にひっそりと埋められる。
「あぁ〜載ってるんだ、これ。なになに。
『セグレア伯爵の三女ルーヴァンリー=ルージュ様が次姉サリア様の婚約披露パーティの帰りに攫われて三日になる昨日、ルージュ様のご遺体が郊外のある貴族屋敷にて発見された。この貴族の子弟は聖都で流行していた薬物や他のご令嬢拉致にも関わっていると見られ、現在騎士団による厳しい追及を受けている』
とな」
私が攫われて連れて行かれた場所は通称王家の森という王族の別邸、今は使われていない廃墟だった。特殊な魔法錠の解錠方法を知るのは此度身罷られた先王、今代王となられた元リグイット公爵の兄である先王のみであり、フォルスター公爵家の御者に扮した隣国の戦士が門を開けて入った時点でふたりの関与が確定した。
御者は私を国へ連れ去るために聖都に侵入していた高い能力を持つ炎魔法使いであったが、今代陛下が事前にこの企みを看破し、入念に策を練った上でレヴィさんほか八名の騎士が相対して見事捕縛した。
あの部屋にいた間諜六名も捕らえられ、装備品や身体的特徴などから隣国フォリッサゥの者であると確認された。隠し部屋からは薬物拡散や令嬢拉致に関する計画書、偽造した身分証明書、ご丁寧に先王とフォルスター公爵のサインのみ入った公文書用紙などの物証も押収された。また、部屋の奥には聖都外へと繋がる秘密通路があり、薬物と間諜が先王の手引きにより聖都内に侵入したことを裏づけた。
先王もフォルスター公爵家もいかなる理由があろうと自国を混乱させた罪は償わなくてはならない。
せめてあの世で反省してくれれば、次はまっとうに生きられるのかもしれない。
コンコン。
投宿している温泉宿の扉を開ける。青紫の長髪女性と熊以上に大柄の男性が立っている。
「あちら出立されたそうです。上手くいけば三日後には合流できますよ」
「もう荷物纏めてるじゃないのぉ。ルリルーちゃんってばどれだけ・・・」
「義兄さん、うるさい」
姉夫婦の新婚旅行にくっついてきた庶民の娘だからね、今。警護の都合上、ガラ社長とは同じ部屋で寝てるけど、本当はダンナ様と一緒にいたいだろうなぁ。
エコー姐さんはガラの肩を抱き寄せて耳の横にキスした。反撃される前にささっと離れて、部屋に入り、私の荷物を持ってくれる。
「アタシもねぇ、待ってるけど、ホラ、十年以上待ったから。もう少しくらいは・・・我慢したくないなぁ。はっはっはっ」
「ホント、アナタってっホント」
「何?愛してるって?」
「・・・ハイ」
俯いて顔を赤くした社長、レア・・じゃなくなっちゃって、もう可愛い可愛い。これが滾るというヤツか。いや、人前でイチャコラする人の気持ちなんて分からないと思ったけど、大好きな人と大好きな人が仲良しなのってやっぱりとっても嬉しくて。
ほんわかゆるんとなった私の心臓にはまた、濃い青の血が流れ始めた。
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