<47> そんなん覗くに決まってるやん

『これを、身に付けていて欲しい』

 彼の手の上には瞳と同じ色の宝石が付いた小さなピンが載っていた。

『もう少し早く渡したかったんだけど、やっと完成したみたいで』

『守るためとはいえ、何にでも利用できる代物だからなぁ。アンタの長兄も複雑な顔して作ってたぞ』


 次姉の婚約披露パーティの控え室を訪問したダンテ・リグイット公爵令息の護衛というテイで入室してきたはずが、騎士姿の貴公子は私のドレス姿を見るや口元を覆って目を潤ませた。

『あぁ、ルリッ綺麗だ。あぁあ、抱き締めたい・・・』

『バカヤロウ、支度が崩れるわ。ほら、用件だけ済ましてとっとと行くぞ』

『せ、せめて、髪を撫でるだけでも・・・』

 無言で蹴られたロディさんは諦めて、すぐ側、ほとんど密着するかという側に寄るだけにした。正面ではなく隣に。ドレス皺になるからな。距離感そろそろ覚えようぜ?

 そして、懐から大事そうに取り出した魔導具を見せたのだ。



『ルリがどこに居ても分かるんだ。できればというか、その・・・』

 モジモジしながらちらりと横目で伺う濃青の瞳は今日も私の動悸を虐める。不整脈の検査をしてもらおうかしらと専属女医を浮かべた私に、更なる動悸息切れが待ち構えていた。

『できるだけ外から分からない場所に・・・し、下着とかに付けて欲しいんだっ』

 あ、背後から侍女たちの生暖かい視線を感じる。彼女たちも意味合いが分かっていて、それでも送らざるを得ないんだろうな。分かる分かる。

『その、見つかって取り上げられないように、という意味で・・・』

『他意は、ないっ』


 うん、あるな。しっかりあるな。どうしようもなく分かりやすいところがまたイイんだけど。

『えと、胸元はもう、無理なんで・・・あっち、向いてください』

 自分も後ろを向いて、ドレスのスカートをたくし上げる。ガーターベルトなら丁度引っかかるし落ちることもないだろう。痕は付きそうだけど。

 足を振ったり二度ほど跳んでみたが落ちなかった。大丈夫そうだ。


『お待たせしまし・・・』

 こっち向いてるじゃんっ。顔を覆って・・・赤いの隠せてないの、こっちまで伝染るから止めてって熱い熱いあっつぃいい、こんちきしょう。


『あぁあ、俺の色を、あんな、ルリのルリの・・・』

『お前、そろそろ伯爵家に暗殺されろ。行くぞ』

 やんごとない公爵令息に促されて、ロディさんは胸元で両手を小さく振った。ゆるんゆるんの目は、振り返る時にはもう騎士の目に戻っていて、胸どころか全身がぎゅんと鳴った。





「ねぇ、俺の贈った宝石を見せて欲しい」

 ソファに手を着いて半分覆い被さったロディさんが耳元で囁いた。体重は掛かっていないけれどずるりと横向きに倒れて、ソファに上半身を横たえる。

「あ、あれは、下着に・・・そんな、こんなところで・・・」

「今は誰もいないから・・・」

 ロディさんもずるり倒れて今度はきちんと、きちんと?覆い被さってきた。ほとんど胸に顔を埋める姿勢で。

「ま、ダメ、そんな、キスだけ・・・とか、もぅ、だ、や・・・」

 あ、と声にならない声が出た。掠れているのとも違う、口から勝手に出る声。

 身体の奥の方からこみ上げた某かが喉を通って口から出てまた耳から戻ってきて、循環の中で一層高められていく。

 あぁ、と吐息雑じりの声がもう一度出たとき、ロディさんの背中に振り下ろされる刃が見えた。


 がしぃいいんっ。

「がぁあっ」

 思い切りよく振ったのだろう、高密度の風の壁に阻まれ跳ね返された勢いで剣を取り落とし、続く魔法に吹き飛ばされた。

「ちっ仕掛けかっ」

 続いて隠し扉からこちらの部屋に出てきた仲間五人が取り囲む。

「だがオンナを庇いながら一人で戦えまい。お前ら、お姫様は献上品だっ傷つけるなっ」

 じりじりと包囲を狭める。剣を抜いたロディさんが周囲を威嚇する中、恥ずかしい一人芝居を気にする暇もなく、私はソファ上に立つ。


『アナタのオリジナル魔法、攻撃に転用できるわよ』

 毒から目覚めたあと特訓して改良した魔法。


穿うがちっ」

「ぎゃぁああっ」


 両手から放たれた幾筋もの線、金属を彫る強度を持った線は狙い過たず男たちの腕を貫く。剣を取り落とす者、魔法の集中を遮られる者。全員でなくとも数を減らせば、あとは。


「さすが俺のっ」

 ロディさんが怯んだ敵をなぎ倒す。廊下から壁を打ち破って隠し部屋に入った二人、エコー姐さんとガラも現れて、今度は敵が挟まれる格好になった。

 それなりの手練れ、数も多いとはいえ傷を負った状態で戦うには相手が悪すぎた。三人はあっという間に残りを斬り伏せ、拘束する。


 ほっと。

 気が緩んだという程でもない。まだ捜索も拘束した男たちの移送も残っている。

 それでも。

 恐らく最後のピース、あの権力者を追い詰めるに足る証拠を得た満足感が一瞬の隙を生んだ。


「・・・証拠は・・・消させて・・・もらう・・・」

 最初に壁まで吹っ飛ばされた男が意識を取り戻し、魔導具を掲げた。

 炎の最上級魔法を詰めた魔導具が赤と黒の明滅を始める。この二部屋くらいは軽く吹っ飛ばし、通路を這う炎が建物すべてを焼き尽くすほどの魔力が弾けようと。


 魔力を纏った私は男に向かって飛び出し、その心臓は炎の色に変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る