<43> 踊りは戦いか祈祷

 にこりと。

 僅かに首を傾げた微笑みだけで諾を告げる。

 これだけで客人たちは理解する。すでに話が通じていることを。

 そして、父親とのファーストダンスの後、最初に踊るこの相手が婚約者の最有力候補であることを。


 紫に光る金色の髪と奥で複雑な文様を描く碧眼を持つ公爵令息ダンテ・リグイットは、ゆったりと余裕の足取りで大広間の中央、私の目の前まで進んでくる。ざわめきを鎮めるかつんかつんと床を滑らかに叩く音が、間奏曲にリズムを与える。主役と踊るに相応しい、いや、主役の座を奪い取る優雅さを曲に加えて。


 美しい一礼。お手本のように手を取る。

 演舞曲が始まる。

 お互いうっとりとした笑みを浮かべ、囁きあいながら踊る。うふふあははと時折気品を忘れた笑い声まで出して、この広い会場に詰めかけた客人など誰一人目に入らない二人だけの世界で。

 話し声は魔導具が消している。だから、気の合う若いふたりの朗らかで麗しいダンスなどそれ以上見る必要はなく、周囲は考えるだけだ。

 騎士団統括伯と王弟が姻戚になる、それにより勢力図がどう変わり、どう動けば利になるかを。




「まぁ酷いステップだったな」

「まだまだ。貴方様との方がきっと酷くなりますよ」

「伯はダンスが苦手だからなっよっと、気配で踏まれそうな、おっと分かるからな」

 話し声を消す魔導具を起動させた。だから、どんな酷い会話をしていても大丈夫だ。


「それにしても。魔法の件も聞いたが、ますます勿体なかった」

「権力を振りかざしてまで娶りたい相手でもないでしょう?」

「いや、そもそも私の好みから外れている」

「えぇ、そりゃぁまぁ、申し訳ありませんね、ははっ」

「外見上の話か?十分可愛らしいと思うぞ。あ、やべ、アイツなんで聞こえてるんだ。魔導具無視すんな」

 ほらあの北西壁十分の三の辺り、と具体的な場所を教えてくれるが、そんなの入場したときにはもう確認してる。濃い青色の目でガンをクレていた金髪の騎士は、私が視線を流したのに気付くとゆるゆる表情を崩した。もちろん瞬時に厳しい表情に戻すのだが、タイミングを計らずとも応えてくれる所作に、ポンッと顔が熱くなって、うふふとつい笑ってしまう。


「イイ顔するなぁ。お客さんたち、絶対に誤解してくれるわ。やっぱりアイツあそこに置いて正解だな」

「あーあー踊ると暑いですよねー。それで?」

「興味はないが一応聞いとくのは作家のサガか・・・いや、年上は嫌なんだ」

「はぁ、はぁ?」

「私はまだ十六だ。寝こんでいる間に十八になったお嬢さんより二つも下」


 うっとりとした笑みを湛えながら怪訝と唖然を表すのがどれほど大変かお分かりいただけるだろうか。つまり表情を変えられないので、言葉で示すしかない。

「それは・・老成、老け、円熟、おっさん・・・あぁ、大人びてますねっ」

「語彙力を磨けっ。今回の件が上手くいけばジョゼットを貰える話になっている。あははははっ。やる気もみなぎるというもの」


 その名には聞き覚えがある。というか、姪と同じ名だ。長姉マリーズの娘の名がジョゼット。青系の金髪と碧眼を持ち、やや陽に焼けた健康的な肌色ながら気品に溢れ、二年半ぶりに会った彼女は可愛いから美しいに脱皮中の、叔母であるのを忘れて愛で続けたい欲に駆られる、この世の宝、傾国とはまさにこれだという少女だ。しかしまだ十歳。まさか違うよね?


「次期辺境伯のご息女の話・・・ではないですよね?」

「なぁにを言ってるスカポンタン」

「あぁ、そうですよね。良かった・・・」

「そのジョゼットに決まってるだろうがっ。お嬢さんの姉マリーズの娘のジョゼット以外に、私が欲するジョゼットがいようものか」


 えーと。控えめに言ってちょいヤバ?

 確かに十歳もなれば王族とかまぁ貴族でも妻にと請われる場合もあるって知ってるし、ジョゼットは大人っぽいから分からなくもない。でも実際問題、十歳ってまだ身体が成長していないから世継ぎレースに参戦できるわけでもないし、無理すれば子を望めない身体になるんだって。

 うちの可愛い姪にそんなの、ってそもそもあの家族が許す訳ないよな?


「もちろんまだ少し先の話だぞ。少なくとも二年」

 じろり。笑顔を崩さず睨み付ける。お母様に教えていただいた高等テクニックだ。

「は、うん、まだ無理だな。三四年先で。ただその前に婚約者として正式に表明してもらう。この件が落ち着いたらできるだけ早く。これは譲れない」


 確かに美しく聡明な姪とやんごとない公爵令息は見目以上に実利において良い縁談かも知れないけれど愛が若干重苦しいな、と考えた私を見透かして、いう。

「お嬢さんの想い人の方が度を超していると、私は思うがな」

 私の心臓には、反論が浮かばなかった。

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