<40> 誤解も六階もあるかい

 ぴちぴちぴーちぴち。

 鳥だ。

 私の部屋は屋敷の一番奥にあって、裏手の家との間はだだっ広い森になっているから、鳥や動物の鳴き声がよく聞こえた。あの鳥はなぁに、って聞くとオバちゃんが窓から庭番に大声で尋ねてくれた。

『あのうるそう鳴いとる鳥、何でぇなぁ』

 南国訛りのオバちゃんの規格を無視した声が懐かしい。意思を取り戻した八歳以降は家族よりもオバちゃんに懐いて、毎週のように街にも連れて行ってもらったり、魔法を教えてもらったり。本当にオバちゃんの子になりたかった。それでいいじゃない。問題解決。私も料理人になって街に出るんだって。オバちゃんはとても哀しそうに、そないなことゆうたらあかん、と言った。


「ルージュお嬢ちゃん、もう、じきによくなりますさかいな」

 すぐ側で。

 オバちゃんの声がした。内緒話をする時の音量で、一般的には会話の音量の声で。

「オバ・・・ちゃん?」

 薄らと目を開けて、小さな声も出た。生きてる。

「お嬢ちゃんっお嬢ちゃんっあぁああ、良かった、良かったぁ」

 ぼたぼた涙を流したオバちゃんは、すぐ側に控えている侍女に向かって叫ぶ。

「ルージュお嬢さまが目を覚まされました、早く、早くお医者さまと奥さまをっ」

侍女は片耳を押さえながら立ち上がり、耳鳴りに顔も顰めずバタバタと走り去る。




 まだボンヤリとしていた。ベッドの感触も、天蓋から垂れるカーテンも、ソファとローテーブル、書き物机、くずかごの位置まで、二年前と何も変わらない。

 私の部屋だ。

 なぜ屋敷に戻っているのだろう。

 街で庶民として暮らす。そこで生きていくのだと。父も母も、そうして欲しかったのだと。

 淀んだ思考はしかし、ピンク掛かった金色の髪の女性が目に入ると一気に澄んだ。

「かぁさま・・・!」

「目覚められたのですから、もう大丈夫でしょう。念のために診察させてもらえるかい?」

 母と一緒に入室してきた我が家の専属女医シーカさんが身体を起こすのを手伝ってくれた。


「ちょ、ちょっと待って。かぁさま、あの子は、あの、女の子ッ」

「ルージュちゃん?アナタ、死にかけたのよ?」

「ですからっ始末する積もりならばあの女の子も同じモノを与えられたはずでしょうっまさか・・・」

 母は手振りだけで診察を促す。シーカさんは夜着の中に聴診器を持った手を入れて音を聞いた。

「まぁこれだけ話せてますから大丈夫だと思いましたが、音にも異常はありません。もう心配いらないでしょう」

「そう、ありがとう」

 シーカさんは頭を下げると退出した。


 ありがとね、なんてすれ違いに挨拶しながらぞろぞろ家族が入ってくる。なんてこと。忙しい面々が全員いる。

 騎士団統括伯の父を筆頭に、会計監査局事務官の長兄、騎士養成局主任官の次兄、辺境伯家に嫁いだ長姉と母の補佐の次姉まで全員。

 父と長兄と次姉は銀に近い金髪に翡翠色の瞳、母と長姉と次兄は桃色掛かった金髪にオリーブ色の瞳をしている。

 私だけが、誰とも色を重ねない。


「はははは、さすが我が娘ルージュだ。目覚めてすぐに他人の心配など、器が大きい」(父)

「父上、私の妹ですから。あぁしかし、肝を冷やしたよ」(長兄)

「まぁカルディンったら、今すぐあの役立たずを斬りにいくなんて激昂していましたのに」(長姉)

「アイツの対処のお陰で助かったんだ。むしろウチの影どもの責だろう」(次兄)

「それに関しては私の方の準備に人員を割いていましたから・・・申し訳ありません」(次姉)

「しかし」(長兄)

「いやぁホントに」(次兄)

「前々から可愛かったけれど、恋する乙女は一段と可愛く、いや、美しくなって」(長兄)

「輝きが違うわっ。ねぇ、お姉さま」(次姉)

「当たり前じゃない。私たちの妹なんですからっ」(長姉)


 やんややんやと。

 病人というか怪我人というか、目覚めたばかりというのに、そこへの気遣いは一切なしで、言いたいことを勝手に言う人たちで。

 二言目には可愛いとか、美しいとか、綺麗とか。キラッキラ貴族然とした容貌の、恐らくどこの夜会に出ても一等目立つ部類の美男女に言われる庶民面の身になってみろ。

 しかもこちとら、拾われてきたか貰われてきたか不義の子だと思ってたんだぞ。

 おかしくなっても仕方ないよね?子どもだったし。


「あの、お父様、お母様」

 私は身体を無理に動かしてベッドの上に正座した。そこからべたぁと前に頭と手を下げる。

「とんでもない誤解をしていたこと、誠に申し訳ありませんでしたっ」

 私の心臓に父と母の血が流れているのはもはや疑いようもなかった。

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