<36> 夜遊びって花火とか

 夜会のホストであるバルニエ家の令嬢フェリシーさんの案内で客室に通された。侍女に任せてすぐに戻るかと思いきや、勢いよくソファに座る。お尻を一度バウンドさせてから落ち着かせる様は、とてもファッションリーダーではない小さな子どものようで愛らしい。

 私が向かい側に腰掛けると口を開いた。


「貴女様も悪いのですよ?」

 笑みを含んだ音もまた先ほどの凜とした声とは異なる。

「私何もやってませんけど・・・」

「ジルベール様がずぅっと、ほかのご令嬢に囲まれているのに貴女様をちらっちら伺って。あの場で笑い出さなかった私を褒めていただきたいわ」

 嬉しそうな紫の瞳は、上気した私の顔を見てさらに細まった。


「ですから、ジルベール・アダン様がご参加と聞いて今宵の夜会を楽しみにしていた馬鹿な女たちに恨まれても詮無い面もありますの」

「それ、ホント迷惑・・・」

 片手で口元を覆った。あまりジロジロ見ないでほしい。

「庶民らしき、場慣れしていない、ちんまい娘と見て、より攻撃的になったのかもしれませんね」

「やっぱり私悪くないですよね?」

 応えず頸を傾げてにっこり笑う。

 ノックがして、侍女が替えのドレスとお茶を持ってきた。


「あの、もう帰るだけなので・・・」

「でも染みになってしまうでしょう?私、得意ですの。それに」

 もう少しお話したくて。

 そうして子爵令嬢の侍女たちに身ぐるみ剥がされ、可愛らしいピンクの部屋着を着せられる。





「私、幼い時に病気をして。この髪はウィッグですのよ。気分によって色も長さも変えられる。だから、髪色や瞳の色で他人を判断したりいたしません」

 私のドレスを左手で持ったフェリシーさんは、布を巻いた右手を濡れた箇所にかざした。水分が吸い取られ、ドレスの生地が元の色に戻る。オリジナルの水魔法か。


「もっとも、最初は絶望して、家から出られなかったのですけれど。我が家の扱うお酒を気に入って下さったあるご婦人が訪問された時、たまたま泣き暴れていて」

 右手をゆっくりと動かす。染みの移った布を取り替えながら繰り返し、ドレスの染みは徐々に小さくなっていく。


「『素敵じゃない。何もなければ何にでもなれるのよ。家の中で腐り落ちるくらいなら、外で笑われて腐った方がマシだと思わない?部屋の中からでは』」

「『部屋の中からでは、世界は見えない』」

「本当に大好きで、憧れだから」

 例え色が違っても、あの方のご息女を見間違えるはずがない。

 綺麗になったドレスを差し出して、フェリシーさんは断言した。



「あの、ところで」

「?」

 今更の感が拭えないが確認しておきたいコトがあった。

「一晩の相手、ってその、そういうことですよね?」

「どういう?」

 先ほどの三人の令嬢よりも悪い笑みを浮かべる。こんちきしょう。

「つまり、えー、平たく言うと、男女のカンケイを持つ、という話」

「それ以外のお相手となると、夜通しトランプかボードゲームでもいたしましょうか?」

「あの、社交ってそういう相手を探す場所なんですか?いえ、今後の参考というか、いやそれじゃ私が探したいみたいだし、えー、そうそう作品の参考に。なにせ出版社勤務ですから」

「あら、エル夫人は社交場を渡り歩いている人物だと思っていましたけれど」

「ほぇあ?」

「相手取っ替え引っ替えのとんでもないフシダラな女の純情な手紙だからイイって」

「そういう話でしたっけ?」

 いや、作者は私で、そういうつもりはなかったよ?なんだそれ。

 驚く私に、フェリシーさんは説明してくれた。



 『エル・グランデ夫人の書簡』は主人公であるエル夫人の手紙だけで構成された小説だ。エル夫人の手紙は日付が飛び飛びで重複もある。人名はなく、相手を貴方としか呼ばない。

 一方で地名は出てくるから、この日にこの場所で会ったのはエイさん、三日後に別の場所でビーさんと落ち合い数日旅行して、別れた場所でシーさんと逢引き、と、小説には出てこないできごとを創作している、際どいどころか完全に大人を対象とした解説本があるらしい。

 エル夫人の秘密とか、エル夫人についてとか、エル夫人の読み方とか関連本がたくさん出ているのは知っていたけど、邪魔になるって読んでこなかったからなぁ。


『大人の恋愛模様をあれだけ書いておいて』

 作者名と主人公名が同じという弊害で、作者エルも、特に男性関係において非常に社交的な人物であると思われているわけだ。世間一般では。


「なんだそれ」

 こちとらチュゥのひとつもしたことないんだぞ、と何故かロディさんの瞳が浮かんで、その瞳が濃紺でない色の瞳と見つめ合って重なった。慌てて頭を振る。


「一晩の相手とか・・・なんだそれ・・・」

「思った以上にウブで素敵な方」


 そう言ってフェリシーさんは、金髪の貴公子の噂を教えてくれた。

 私の心臓は白目を剥いた。

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