<25> 押すなよ、押すなよッ
ここのところ、お休みの日は街に出るようにしている。
歩く速度に通り過ぎる街並み、馬車に乗って通り過ぎる風景。人の息づかいは街に雑じり、風に混じり、人に交じる。
本は世界を知れるけれど、世界そのものになり得ない。
部屋の中から、世界は、永遠に見えない。
『じゃぁ来週のこの日、午前中で予約しておきますねっお待ちしておりますっ』
レヴィさんが教えてくれた髪結い屋さんには、元気と愛想と顔のイイお兄さんがたくさんいた。
普通は屋敷に呼びつける貴族の奥様たちもわざわざ来店するらしく、数人がソファに座り、アイスコーヒーを飲んでイケメンのお兄さんたちを眺めていた。
いつもの、眼鏡にお下げ、作業ジャンパーとズボンという姿で出掛けたら、後ろに並んだ方に、庶民には少し高いけど大丈夫?と心配された。
念のため金貨を多めに持ってきたけど、全然そんなに要らなくて、むしろそんなもんか、この値段の店に貴族が来るのかと逆に感心したし、取材ってコトにしたら経費になるな、とついには小遣いの心配まで必要なくなった。
小遣いは残しておきたいけれど、取材費はいくらでも使う派だから。え?それって吝嗇というの、へー難しい言葉分かんなーい。
でもって、本日は予約と来店した方で一杯ですので、後日の予約なら受け付けますとお兄さんは案内してくれて、来週のお休みの日でお願いした。
ついでにお洒落カフェに寄れば、レヴィさんはいなくて、こちらも顔なじみだが名前までは知らない別の店員さんが、プリンをお勧めしてくれた。
今までも美味しかったけど、卵の仕入れ先を変えて一段と濃厚になったリニューアルプリン、略してリプリンらしい。可愛いな、リプリン。
リプリン四つ持ってぶらぶら帰る。
乗合馬車の時間が合わなかったから、少し遠いけれどぶらぶら歩く。
髪結い屋さん、イケメン多かったけど、好みのタイプはいなかったなー。
背は高くてもヒョロっちいのは違うし、紫やピンクの髪色は派手すぎるし、やっぱり瞳は青で、笑うと小さな笑窪ができなくちゃ。
「待てっ!おい、あっちだ」
うわっきゃあっ。
大声と悲鳴。
通りの向こう側から。
騎士と警吏に追いかけられる男が通りの人たちにぶち当たりながら逃げ走る。
あちら側の人は慌てて避けて、こちら側の人は何事かと足を止める。
経路を読んでいたか、別の騎士が行く手を塞いだ。男は懐からナイフを取り出し、覆いを投げ捨てる。刃がキラリ陽光を反射する。
「刃向かう気かっ」
騎士も抜刀する。男は、刃渡りの短いナイフで剣に勝てるほどの素早さや器用さは持たなかった。あっという間に地面に転がされる。
「オレはクスリをばら撒くように頼まれただけだ。アダン侯爵家のヤツに頼まれただけだっっ」
男は叫んだ。
注目する人びとに聞かせるために。
こんな分かりやすい茶番に誰が、と思ったとき。
「アダン様って?」
「内務大臣、息子である次期侯爵は宰相候補だぞ。なんて事だ」
「騎士団統括伯の政敵だからな」
なんだって?本当に?まさか。
ざわざわとさざなみは伝播する。
悪意を中継する悪意が、さざなみを増幅させる。
しかし明るい笑い声が人びとの動揺を打ち消した。
「ははははははっアダン侯は騎士団とも連携して薬物組織の撲滅に動いておられる。悪評を広めて阻害しようなど浅はかに過ぎるっ」
追いかけてきた騎士の一人が言い、これ以上の戯れ言は許さぬと男の喉元に剣を突きつけた。
「そりゃぁそうだよな」
「ヤケになって嘘八百なんて飛んだ小悪党だ」
「ちっ」
なるほど、貧すりゃ鈍するのお手本か。つまり包囲網は狭まってきている、と。
二台の馬車が視線を遮って通り過ぎた後、男が後ろ手に縛られて引っ立てられていくのが見えた。
飛んだ見世物だったなぁ、帰ろう、と足を動かしかけたとき、きゃぁと今度は黄色い歓声が上がった。
「金髪の貴公子、ジルベール・アダンさまよっ」
もう一度、通りの向こう側を見る。
そこには、金色の髪をしたロディさんがいて、騎士たちに指示を出していた。こちらに誰か知り合いでもいたのか、小さく手を振って、余計に歓声が上がった。
金色もいいかも、などと不埒な考えを持ったからか。
突然背中を押されて、私の心臓は凍り付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます