<24> ゴーゴーゴシップ

「ええ〜しばらく会えていないんですか?」

 そちらの方に用事があるから一緒に行きましょう、というレヴィさんと並んで歩く。

 彼氏さんとは順調ですか?とニコニコ聞かれれば、たいして深くもない事情、ただの取材に付き合ってもらってるだけの赤の他人という事情すら説明するのが憚られて、忙しいみたいでここ二週間くらいは会ってない、と応えた。

 なに、見栄っ張りだって?そうだよ、悪いかっ。


「騎士団なら、お忙しいでしょうねぇ。ほら、そこにも」

 レヴィさんの示した先には帯剣した騎士が二人。本屋さんを出たすぐ後にもすれ違っていた。

「街中で騎士団の方見るのって珍しいな。事件事故なら街の警吏が担当ですよね?」

「ほら、今流行中のクスリ、アレ、学園の生徒が持っていたらしくて」

「ええぇ〜っ」


 人差し指を唇に押し当てられる。

「声が大きいですって。ほら、うちのお客さん、学園のコが結構いて、なんだかんだで噂話聞こえるんですよ」

「危ないヤツですよね?貴族にも出回ってるなんて」

「貴族のお嬢さん方ってお金持ちだけどお金を好きに持ち歩けるワケじゃないから、家にある宝飾品で取引するんですよ。真珠の一粒の値段も知らないから、価値が分からずにどえらいモノを持ち出したりする。

 さる高位貴族のお嬢さんが学園での授業中に体調不良で倒れて、前後して貴族家の秘宝の盗難が明らかになりまして」

「凄いゴシップですね・・・」

「ところが、自分ちの不始末をすり替えて、取り締まりの遅れを糾弾し、騎士団統括伯がとばっちりを食ったとか」

「それで街中騎士団だらけなんですか。大変ですね、騎士団統括・・・ん?」

「何か?」

「あぁ、いえ、忙しいんだなぁって。手紙でも。書いたことないけど、書こうかなぁ」


 空に青さが戻ってきた。遠くの方で一条二条雲の切れ間から陽の光が差す。ちょうどあれくらいの色かな。あの銀に近い金髪には白が混じり始めていたけど、もっと増えているのかもしれない。


「いいんですか?彼氏さんに手紙なんて」

 何を勘違いしたのか、レヴィさんがこちらの顔を伺いながら言った。

 良いも悪いも。

「特別な意味なんて、ないですよ。庶民ですから」

 誰に何をしようが、縛られることなどない。貴族のような特権がない代わりに、どのように生きようと自由。


「そう、ですか。そうですよね」

 少しだけ哀しそうに見えたのは、私の感傷だったのだろう。

 レヴィさんはすぐにいつものニコニコ顔に戻り、通り越してニヤニヤした。

「ラヴレター、作家さんなら凄く長文ですかね?詩的ですかね?うわぁ、読みたい読みたい。いっそそのまま刊行しますか?」

 あれ、そういえば手紙書いたことないと思ってたけど、恋文ならめっちゃ書いてたな。既刊三巻絶賛発売中。

 てか、なんで作家って・・・お洒落カフェで長居して創作ノート書いてたわ。そりゃ分かるわ。私でもたぶん分かるわ。

 うぁぁ非常に居たたまれない気分になる。うん、話題を変えよう。



「あ、そうそう、庶民らしく髪を切ろうかなと思ってるんです。重たいですし」

 お下げに飽きた。結ばないとデスクに向かって俯くとき邪魔になるし、今日みたいに湿気の多い日は広がってさらに邪魔になる。一つ結びは後ろに引っ張られるから嫌いだし。


「ウィッグも魔導具もあるし、いいんじゃない?きっとよく似合いますよ。せっかく市井にいるんだから、好きにすればいいんですよ。うちのカフェの近く、人気の髪結いがありますよ?」

 このくらいです?と、胸の上辺りに手を当てた。

 首を振る。


「そう。ありがとう、背中押してくれて。うんと短くしてみよう。街の元気な女の子たち、憧れてたんだ」

「え、ちょっ、うんと?」

 うんと、ともう一度繰り返して、耳のすぐ横、お下げの編み始めを鋏でバスンと切る仕草をした。目を見開いて驚くレヴィさんにしてやったりの気分になった。

 ちょうどカフェ・ガルボの前に到着だ。

「ありがとう、レヴィさん、またね」


 髪を短くすればロディさんも驚くだろうか。

 でも、見開いた目はゆっくりと弧の形になって、頬に小さな笑窪ができる。

 私の心臓は、その様を確信していた。

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