<19> おねむの時間
メモ用紙なぞ使うんじゃなかった。目に優しくない細かい字と次々現れる似た文言。書き終えたメモを繰ると微かな絶望が寄せる。
「俯瞰で見られないから・・・」
書き直し、か。
創作メモの時点で書き直していたらキリがないけれど、集めたヒントが用を為さないよりはマシ。
良かったのは、魔法で書き込んで裏写りしていない事だけで、今日も駄目だな。と独りゴチる。
「お茶、どうぞ?」
「あ、ありがとうございます」
えーと、こっちが先のがいいか、次はこれで、これはダブりだから要らない、いや表現が微妙に違うから置いとくか。
メモを一枚ずつに切り取って並べ替える。これは意外に整理しやすいかも。
不要なものは丸めて後ろにポイポイ投げちゃう。
あぁお茶お茶。集中し過ぎて喉からから。
「あ、美味しいっさっすが社長」
顔を上げると、そこには青紫の長髪女性ではなく、頬杖を突いてこちらを見詰める黒短髪の男性がいた。
「あれ?」
「気にしなくていいよ。観てるの、楽しいから」
あれ?と、再び口にして、壁際のデスクにある時計を振り返る。
時刻はすでに十時を回り。
「えと、ずっ。っとここに?」
「うん・・・時々、お茶を淹れにキッチンに行ったけど」
ロディさんが変な顔して出て行って社長の大笑い、までは覚えているけれど、あとは作業に没頭していて、部屋の出入りどころか温かいお茶を淹れて勧めてくれた声も、一段落付いたさっきやっと気付いた。
ブツブツ言いながら書いたり読んだり千切ったり張ったりしている様をみて、何が面白かったんだろう。それとも、悩んでいる姿が滑稽だったのだろうか。こんな、作品と呼べるものになるかどうか分からないカケラのカケラを拾い集める私を見て。
そして時々キッチンで社長と、普段着で髪も下ろしていかにも大人の女性の社長と談笑して。って。
うぁあ、ネガティブ思考。疲れて眠いんだな。きっと。眠いんだわ。
「あの、じゃぁ、もう遅いですし」
お開きでお願いします、と言おうとして欠伸になった。
あひゃひゃひゃひゃあぁ。どこの言葉かな。たぶん人の言語じゃない。
目尻に生理的な涙を滲ませたまま、慌てて片手で口を押さえる。
向かい側に座るロディさんは穏やかな目をゆっくり閉じた。
あれ、眠いの、ここで眠られても困るな、ちょっと寝顔見てみたいと内心焦っているのか期待しているのか分からない私をよそに、そのまま、お腹いっぱいになった幼子が母親の胸で夢を見るような、とても満ち足りた顔をした。
求めているものを過不足なく手に入れることなんて大人になれば不可能だけれど、幼子の小さな世界では、幸運が重なってかもしれないが、それ程難しくはない。
そんな、満ち足りた顔を大人の男性であるロディさんは見せた。
ほぅとかはぅとか意図せず息を吐く。囁きよりも小さな息遣いが、彼の放心か集中かを途切れさせてしまわないかとまた口を塞ぐ。
そして、左右対称に頬杖を突いた。
同じ角度に顔を傾ければ、彼に訪れたなにがしかの感情をもっと感じることができるだろうか。いや。
今この場でその表情をしたのならば、導いたのは私に相違なく、その事実のみで私が今ここに存在する価値があると思った。
ゆっくりとまぶたを閉じる。
唇が目の前の、何者か名乗らない男と同じ曲線を描いていくのを、あるいはこれを幸福と呼ぶのではないかと考えて、あまりにも刹那的な定義に、カーブは角度を増して頬を破り、ふふふと空気が漏れた。
あの青い目はまだ閉じているのだろうか。それともこちらを見てまた柔らかに緩んでいるのだろうか。
きっと目を開ければ閉じていて、閉じていれば開いているのだろう。猫の奔放さを真似て。
そうしたある種の罪深い確率を持った思考ののちに私は眠りにつき、心臓は遠く彼方から見れば重なり合っていた。
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