<13> お尋ね者の訪問流儀
「じゃあどこかに出かけようか」
適度な間隔を開けて置かれているカフェ・ガルボのカウンター席の距離をものともせず、早速というよりも爆速でこちらの肩を抱き寄せた黒髪の貴公子などという派手な異名を与えられた男は、甘さ控えめの一般的といって良い程度のからりとした声音で尋ねた。
あれ、なんか普通。っていうか慣れた?いやいや発言ひとつひとつに真夏の太陽ばりの熱線含まれてたらデロンデロンに溶けて地面に吸い込まれていくわ。それともすでに中身空っぽなのかもしれないな。左肩が熱くて痺れてきたし、背中もじんわりと温かい。あぁこれが温熱効果か。
などと考えていると返事が遅れ、顔を覗き込まれる。
「都合、悪い?あれ、今日ってもしかして仕事かな」
「あ、えと、そうですそうです。ちょっと息抜きというか休憩に来ただけでして」
だから近いって何回言ったら分かるんです?一度も口に出してないけど。
ホントこの距離は勘弁。目の前に目があるの、おかしい。ぼやけて逆に見えないから。どれだけ眼球の調節機能が高いっていうのか。
顔を引いたらバランスを崩して、だけど離れた距離に合わせて動いたロディさんの腕が、転けないように支えてくれる。
「そうかぁ・・・でも取材の一環だから大丈夫だよ、ね?」
お礼を言いかけた私の視線が、ちょうど良い距離で最もピントが合うと、なぜ彼は理解できたのだろう。
コテンと傾いたその仕草がこれ以上ないほどにはっきりと見えて、大人の男性に対しての感想として相応しくない言葉しか思いつかない。
「可愛い」
自然と。両手を緩く握って喉元に寄せた私の、その手にふんわりと自分の手を重ねて、ふんわりとロディさんは笑った。
「なん、で、ちょっと、ちょっと待って・・・ください」
それはこちらの台詞だ。どうして人の台詞を取るのだ。どうしてくれよう。
どうするもこうするもああするもなにも。
顔が熱くて熱くて熱い。
堪らず俯いた私に、あの吐息混じりの声が追い打ちを掛ける。
「本当に可愛い。ルリ、ルリルーを見せびらかしたい。でも隠しておきたい。あぁ」
「・・・アンタ、一度社長に挨拶に行きなさいよ」
ちょっと奥で用事があるからと、席を外していたエコー姐さんが戻ってきた。
ロディさんが立ち上がる。解放された私は胸をなで下ろす。
「ガラ・・・」
「ムールス社長」
「社長。そりゃぁ」
えくぼの消えた笑顔で後頭部に手をやり、ちらりこちらを見る。カウンターに両肘を付いたエコー姐さんも一緒に私を見る。
社長に挨拶も必要だと思うが、それよりも伝えておきたいことがあった。
「あの、外でのデートはちょっと。注目を浴びるっていうか」
「アンタ、学園のお嬢さんたちのお尋ね者になってるわよ?黒髪の貴公子って」
「はぁあ。貴公子って何だよ・・・これぽっちも嬉しくない」
額を押さえて項垂れるロディさんがおかしくて、つい声を立てて笑った。
「お陰で私まで捜索対象になっているんです。あのいかにも平凡な女性、ありきたりな髪と瞳を持つ女性がどうすれば」
「ルリがありきたりなワケ、ないじゃないか」
「ロディさん?」
少し腹を立てたように乱暴に言った男を、私は仰ぎ見た。双眸は内にゆらめく炎を僅かに晒したが、それも一瞬だけで、飲み込んだ苦味に気付いた顔に変わる。
「誰にとって誰が特別かなんて外から分かるはずがない。俺とルリの関係に名をつけていいのは、ルリだけだ」
さて、行こうか。
まだじっと顎を上げたままの私の頬にさらりと触れて、その男は右手を差し出した。
私が軽く右手を置くと、ぎゅうと握って引き上げた。
予想していた動きだけどそれでもバランスを崩す私の何と弱っちいことよ。
優しいハグ。これが挨拶だ、という程度の。
そして右手をもう一度繋ぐと、私を先導してロディさんは歩き出す。
「あ、コーヒー代!」
「あとで貴公子に請求しとくわ」
「いえ、そんな。って」
立ち止まらない黒髪の貴公子に引っ張られたままチリンチリンをくぐり、外階段を上って二階の踊り場まで来た。
握る手に力が入ったと感じたのは気のせいではなく、ロディさんは気合を入れるためか、よしっと小さく呟いた。恐らく意識の外で。
ノックは二回。鍵は開いてる。
「たのもーーー」
道場破りかっ。
そろそろ破られるのは、私の心臓。
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