<10> 男前は貴公子って呼んどけ

 黒髪の貴公子。

 イストラ像広場でその男性を目撃したある貴族の令嬢は、その立ち居から金髪の貴公子を連想したという。ただ、男性は黒髪だったため、黒髪の貴公子という名が与えられた。


「金髪の貴公子、とは?」

「あぁご存じありません?騎士団の花形、護衛騎士の中でも一二を争う人気を誇る、ジルベール・アダン様ですよ。アダン次期侯爵令息で、家督継承から遠い三男ですから、騎士として身を立てると仕官されたそうですよ。

熱心なファンが立ち寄り先に先回りして警備と揉めたりするから、一時期は護衛から外されてたそうですが」

 ふむふむ。メモメモ。

 そういえば実家にいた頃に聞いたことのある固有名詞だな。アダン家はいわずもがな、ジルベール様も微かに記憶にある。帰ったらノートを漁ろう。


「それで、その黒髪の貴公子は広場でナンパされていた女の子を助けて、不安に倒れそうになったその子を抱きしめたらしいんですよ」

 ん?

「さらにはカフェに誘って一緒にお茶を楽しんだんですが」

 はい?

「途中で女の子が倒れちゃって、抱きかかえて店内へ運んだそうです。あ、いわゆるお姫様抱っこというやつですね」

 ふぉう?

 何ていうか、腹立つほどニヤニヤしてるな、店員レヴィさん。





『先日ご一緒していた方は騎士ですよね?』

 店長さんの言葉に、含んだ紅茶が気管に帰還。ごっほげっほと大合唱。

 鼻の奥ツーンが治まった頃には店長さんは厨房に戻ってしまい、店員さんがちょうど休憩時間だからと話に付き合ってくれることになった。


 店長さんの言葉の真意を尋ねると、黒髪の貴公子を探して、イスポワ学園の女生徒が多く来店するようになった、と教えてくれた。

 まぁ今日は特に混雑してもいないから、噂を聞いて冷やかし半分も終わりだろう、客が増えるのは良いがケーキやお茶を目的としていないのなら願い下げだ、と店長さんは少々気を悪くしていた様子。だからといってロディさんのことを根掘り葉掘り聞きたかった訳でもなさそうだけど。

 単なる好奇心といったところか。

 店長さんは、だ。


 こちらレヴィさんはというと、話が違う。

 明らかに楽しんでいる。つい真顔になるのを止められない。ケーキも食べ終わっていないのに、味がしなくなるじゃないか。


 ぷふっ。

 吹き出す音に、ケーキのイチゴから目を離してレヴィさんを見た。

「あーゴメンなさい。お客さん、ホントに」

「何か?」

 硬い声になる。

「ホントに可愛いっ。ダメ、もうダメ」

 いやいやいや何故に隣に移動して抱きついてくるのか。おかしな人すぎる。ステイ、ステーーイ。


「そりゃぁそうですよね?彼氏さんを目当てに女子生徒がわぁわぁ言ってるって聞けば気分悪いですよね〜いやぁ、遊んでゴメンなさい」

 あ〜ん、します?

 フォークを指さしていうから、無言でぺしってやっといた。


「わたし、こんなに可愛いカップルみたの、久し振りで。初々しさがもう、どっかんどっかん花火上げてて。滾るわぁ」

 隣で頬に手を当ててコテンとやるの、むしろそっちが可愛いなって思うけど口には出してやらん。ケーキ美味しい。


「きっと躊躇なく抱き上げた彼氏さんの行動を見て、ラブラブのカップルだと思ったんでしょうね。黒髪の貴公子を奪いたい、なんて話はあまりなくって、ただそのカップルの尊さを一目みたいってご意見を多数頂戴しました」

「どこから?!」

「あ、当店ではお客さまのご意見ご感想に真摯に向き合うため、投書箱をご用意させていただいております。各テーブルに用紙がありますので、ルリルーさんも宜しければどうぞ」


 それから、変わったお客さんもいらっしゃいまして、とカフェエプロンのポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルに広げた。

 ケーキを食べ終え、湯気の立たなくなった紅茶を飲み干して、ポットからもう一杯注いでいた私の右手が盛大にぶれた。


「あちっ」

 そこには、黒髪の男性が髪の長い女性を抱きかかえた様子が描かれていた。

 男性の眉根は心配そうに寄るが、目元にはどこか喜悦が混じっている。

 その瞳を思い出して、心臓がやけどした。

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