<11> 人の噂も四十雀
『投書でいただいたものなので差し上げます。何かの参考にしてください』
困った。
甘い経験をすれば甘い経験をしたためられるとは何と甘い考えだったか。
私ルリルー、しがない作家兼出版社員。
一ヶ月ほど前、イチャイチャデート体験という世にも奇妙な取材を行い、その結果をアウトプット中。もちろん無残とか惨憺たるとか否定的な状況でないのならば、困ったなんて呟かないわけでして。
創作ノートを見て顔を赤くしたり青くしたりうんうん唸ったりしても何も出てこないから、レヴィさんに頂いたお姫様抱っこスケッチを取り出すと、今度は身体全体がぎゅおぉんってなってちょっとお医者さんに行った方がいいのかもしれない。
新作以外の仕事はちゃんとしてますよ。
別名義で書いている児童書も絵本の文も進行中だし、校正やら契約作家さんとの打合せもこなしてるし。
「『エル夫人』は作者名がエル、だからやっぱり名義は変えるとして」
よし、もう一度設定を考えてみよう。
恋愛モノならやっぱり身分差が鉄板だよね。
男は貴族出身の騎士。相続権から遠いから騎士になった、と。年齢は二十二三かな。髪は黒で、目は青色。薄い青じゃなくて、真夏の空みたいなうんと濃い青、群青と書いた方がいいのかな、でも暗さはなくて透明感がある、そんな色。
背が高くて顔立ちが整っているのと、仕草に色気が混じるし、エスコートがスマートで手慣れた感じがあるのに嫌味じゃなくて大人の素敵な男性。
女は庶民で、地味な見た目。明るい茶色の髪と濃紺の目が一般的。一生懸命だけどドジっ子の十七歳で、カフェで出会った二人は恋に落ちる。
ふむ。
・・・なんじゃこら〜!
まんまか。そのまんまやん。おかしな方言でツッコミいれるわ。
オーケー、オーケー。この画が悪いな。これを目に入るところに置いてあるのが全部悪い。究極的にはレヴィさんが悪い。今度行った時文句言っておこう。いや、うん。まぁいいか。
そういえば、お洒落カフェでまだ噂話してたなぁ。
『全然遭遇しないね、黒髪の貴公子』
『貴族なんでしょう?そんなに街中ふらふらしないわよ。相手の子は?』
『そうねぇ。目撃者によると何でもないワンピースだったけど、最新の生地だったって。光沢とか張りとか色とかに力を入れた最新モデル。高いわよぉって』
『あぁ見掛けたのって例の商会もやってる?そりゃぁ詳しいわね。でも若いんなら、学園にいるんじゃないの?その女の子』
『お金持ちで見た目庶民なら、どこかの商会の子だとしか考えられないじゃない?学園で庶民は少ないから目立つし、明るい茶色の髪の長い子何人かに当たってみたけど違うっぽかったって』
イスポワ学園捜査網かよ。犯人捜しになってるの、怖いよぉ。
見つかるとどうなるんだろう。校舎裏に連れて行かれて囲まれるんだろうか。
おいお前、男前侍らせて調子乗ってんじゃねぇぞ。ぜひとも紹介してください、みたいな。
でも残念。学園など通ってません。ちょっと行きたかったけどね。
まあ暫くすれば落ち着くでしょう。黒髪の貴公子はもう現れないし。
うーん。で、何を考えていたんだっけ。そうそう設定とあらすじ。
せっかく取材したんだから生かさないと。付き合ってもらった、付き・・・一緒に行ってもらったロディさんにも申し訳ないし。
「ルリルーちゃん、煮詰まってるわね?」
変な顔してたの、見てました?
しかし社長はそれには触れずに扉の方を指さした。
「息抜きにエコーとでも話してきなさい。コーヒーの香りだけでもリラックスできるわ」
せっせと仕事を片付けながら、こちらの事も気遣ってくれる社長って本当に素敵な女性。憧れるなぁ。どことなく母に似てるのも大好きなところだ。
「こんにちは〜エコー姐さん、コーヒー・・・」
チリンチリンと共に挨拶しながら入るカフェ・ガルボの。
少し薄暗い店内、外から入れば一層暗く感じられるその奥の方、カウンターから立ち上がり。
こちらを振り返るその瞳が。
宝石のように輝いて見えたのは、なぜだろう。
私の心臓はその光に射貫かれた。
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