<9> 想像力が寿命を縮める

「・・・またこの手書き風の印刷がいいのよ」

「ああぁ、確かに。え?これって写本?」

「そんなわけないでしょう?どれだけ発行されてると思ってるのよ。ベストセラー作品よ?」

「ほぇ〜印刷なのか、これ。凄いなぁ」

「ね?エル夫人の書く手紙の内容とマッチして、読み進むごとにさらに良さが分かるのよ?ほら〜」

「ハイハイ借りる借りる。既刊三冊お借りしますよ」


 自分の作品の布教現場に遭遇してしまった。

 私ルリルー、大きな声で言えないけど、その『エル・グランデ夫人の書簡』シリーズの作者。

 こういう、ファンがファンを作って下さる現象が我々作家にとってどれ程ありがたいモノか、きっとご本人たちは考えたこともないでしょう。私は少なくとも毎日寝る前に読者の方々に向けて感謝の祈祷を行う。ありがたやーありがたやー。




 ロディさんとの取材から二週間後、仕事休みの本日、イストラ像広場近くのカフェに来ていた。

 またあのケーキが食べたくなったなぁ、とカフェ・ガルボで呟くと、夜の部の一品に甘いモノが欲しいから、幾らか仕入れられないか交渉してきてって、エコー姐さんに頼まれてしまったのだ。

 カフェの営業に余裕がでてきそうな午後二時に来店して用向きを伝えると、しばらくお席でお待ちくださいといわれ、それならとケーキと紅茶を注文していただいていた。

 その背後でイスポワ学園の制服を着たお嬢さんたちの一人が、最近ハマっているもの、として紹介しだしたのが件の小説だった。


 ファンレターも嬉しいけど、生の声が聞けるとまた嬉しいなぁ、と顔が緩むのを抑えきれないのに、ぱくりと食べたケーキにも頬が落ちて、こんなゆるんゆるんの顔を誰かに見られるのイヤだなぁなんてふと思った瞬間。


「あ、お客さんっ今日はおひとりなんですねっ」

 声を掛けられ、咄嗟に逆を向いた。お洒落カフェに知り合いなんているはずない。

 だって、今日はお下げに丸眼鏡、化粧は最低限、パンツにジャンパーの仕事スタイルなのだから。え?休みの日にお洒落カフェに来るのにお洒落もできないのかって?

 それを昨晩じっくり考えたのですよ。デートでもなくお洒落カフェにひとりで入る、お洒落を一生懸命したけれど野暮ったさの抜けない哀れな庶民は目立つ。いっそラフな仕事着で堂々とした方が逆に良いのでは、と。

 結果、誰の注目も浴びることなく潜入に成功したというのに、誰に声を掛けられたというのか。あわわわわ。


「先日は失礼なことを申し上げたと、店長も反省しておりました。まさかまたご来店頂けるとは」

「え・・・っと、ハテナンノコトデショウとかとぼけても無駄、ですよね?」

「あはっおかしなお客さんですね。あ、店長の手が空いたみたいです。ここじゃ他の方いらっしゃるので、個室スペースに移させていただきますね」

 お冷やとお絞りとケーキと紅茶、素早くトレイに乗せて案内してくれる。

 そこは二週間前にロディさんと座った個室で、鳩尾の辺りがもぞもぞした。


「あぁ、お客さんでしたか。先日は失礼いたしました。姉妹店で毒物騒ぎがあったためにピリピリしておりまして。いや理由など関係ありませんな。大変申し訳ありませんでした」

 開口一番の謝罪にむしろ恐縮してしまうし、変装ってもしかして無駄だった?と戸惑っていると。

「あー、先日とは服装や雰囲気を変えてらっしゃるところですか?いえ、あのような言い方をして今さらといわれるかもしれませんが、可愛らしさが隠せてませんから」

 はっはっはっと、軽やかに笑う。はぁ、と間の抜けた笑顔で応じる。これはまぁ、お愛想ってやつだろう。


 で、ケーキは販売価格の二割引配送付きで承ってくれた。

 昼の部の喫茶では出さない、この店のケーキであることを案内するという条件であっさり応じてくれた。ケーキの種類をお任せにすること、前週までに個数を発注することを約束書きに付け足して、店長さんと私のサインを入れた。


「ありがとうございました」

「いやぁウチもやたらお客さんの入る日もあれば、閑古鳥の日もあるから助かりますよ。あぁそういえば」


 続く店長さんの言葉は、私の頭の中のロディさんに騎士服を着せてしまい、その想像に、心臓がバタついた。

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