<6> 待つと鹿河馬

 結論。社長はすごい。

 現場からは以上です。帰っていい?

 いえ、まだ待ち合わせにたどり着いていないんだけど。

 何であんなに気分が上向きになったのか分からなくなった。

 ヘアセットしながらお喋りしただけで、乗らない気分を乗り気に変えるってどれだけの手腕か、まさか催眠術?


 はいはい、今さら待ち合わせスッポかすなんて非人道的行為はいたしません。準備に付き合ってくれた社長にも申し訳ない。

 今日の装いは、丸眼鏡を外して、髪を下ろして、お化粧して、サイドに大きなリボンの付いた濃い青色のワンピース。

 白いバッグは気持ち大きめでバランスが悪いけど、肩から掛けるタイプでないと両手が空かないから困る。

 メモは瞬時に取りたい派。


 さてこんなザ・庶民のデートなスタイルで、お洒落カフェに行ってもいいのかしらん。街のカフェなんだから、みんなそんな格好だって?

 だって、お洒落カフェだよ。貴族の子女もこっそり、護衛付きだからこっそりもないけど、出掛けると噂のお洒落カフェ。

 特に我がルピルス聖王国の聖都のど真ん中、聖者イストラ像のある広場を中心にした辺りは、若いカッポーに人気のエリア。敷居が高いのは確かなのだ。


 出版社の建物から最寄りの馬車留めまで歩いてから乗り合い馬車で十五分揺られれば、イストラ像広場はすぐそこ。


「二時十分前。よしよし。良い時間。あれ、でも、どんな方だったっけ・・・」

 時間に余裕があったはいいけど、待ち合わせ相手の顔をあまり覚えていない。カフェ・ガルボの店内は雰囲気作りで少し暗いし、眼鏡はズレたし、目に吸い込まれそうだったなぁ、背が高かったなぁ、くらいしか分からない。

 え?拙くない、それ。


「ねえ君、暇でしょ?俺たちと遊び行こうぜ」

 キョロキョロ広場をうろついていたら、後ろから肩を叩かれた。二十歳過ぎくらいの青年二人組がにこやかに、だけど両側を挟んでくる。

「あんまり慣れてなさそうだからさ。いい店案内してあげるよ」

「聖都来て間なしだろ?きょろきょろオドオドしてると危ないからさぁ。一緒においでよ」

 両側から話しかけられるとどちらを見ていいのやら。あと、私は聖都育ち。


「あ、お誘い恐縮ですが、待ち合わせしてますので」

「大丈夫だって。俺らと遊ぶ方が絶対楽しいし。どうせダサい兄ちゃんだろ?大人しくついて・・・」

 徐々に威嚇に移行する言葉。合わせて、もう一人がニヤけた顔で私の腕を取ろうとする。

 ぱしんっ。

 私の背後から出た影が、青年の手を弾く。

「ルリ、待たせてゴメン」

 柔らかく低く響く声に、振り返り仰ぐ。サングラスの中の目が緩む。この人だ。

 ロディさんは私の肩を持って引き寄せると、別人のように冷たい声を出す。

「私の恋人に何かご用でも?」

 バっと振り返りそうになるのを何とか我慢した私の顔は恐らく、二人組の青年と似たり寄ったりの表情をしていただろう。

 狐につままれたの?

「ルリ」

「えっと、あ、ですので、すみません、失礼しますね」

 愛想笑いは仕事で覚えた。いやさ、仕事では普通に笑ってるわ。何にせよ、誤魔化す時は笑顔。

 しかし彼らにはお気に召さなかったようで。


「はっ。田舎モンがイイ男侍らせて調子に乗るんじゃねぇ」

「ブサイクがよぉ」


 ザ・捨て台詞を吐くと反転し、どっかどっかと歩き去る。

 肩を抱くロディさんの手に力が入る。なんとなしに見送っていた私を、密着するほどに寄り添わせると、髪を撫でた。風景がロディさんの腕に変わる。

 気持ちいい。

 誰かに髪を撫でられるのなんて、いつ以来だろう。

 ふんわり浮いてる心地になって、目を閉じた。こてんと頭は傾き、ロディさんの胸を支えに。


「え、大胆」

「きゃぁちょっとイイ男じゃない?でも・・・」

「うわぁ、さすがに往来であれは」


 あれ?そういえば、ここ、待ち合わせの定番、イストラ像前で。

 デカイ声で捨て台詞を残した二人組のお陰で注目を浴びていて。

 それでなくとも背の高いロディさんは目立って。


 冷や汗だらだら背中が濡れる。

 目を開け、ぎこちない動きで一歩、離れる。肩の手は離れない。

 待ち合わせ相手とはいえ、助けてもらったのは確かで、お礼がまだだと思いつく。

「あの、ありがとうございます」

 向き直り、顔を見て。

 短い黒髪、健康的に焼けた肌、すらり整った鼻梁、孤に伸びた唇と小さな笑窪。

 それから、サングラスの中眩しそうに細まった目。

 外で見るロディさんは、驚くほどハンサムだった。

 心臓が唸りを上げた。

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