女同士の愛は諸刃の刃

第11話 女同士の愛は諸刃の刃 ACT 1

「どうしたのよ。こんなに汗かいちゃって」

そっと抱き着いて、スーっと首筋に指を這わせる希美。

「あっ!」ゾクッと躰に何かが走るような感覚が私を襲う。


「駄目だよ希美、私汗臭いから」

「そうでしょ、汗かいてるもんね。そんなに急いで何があったの?」

何がって、どうやって切り出したらいいんだろ。


「真面目に私に会いたくて来てくれたの? それなら嬉しんだけど。ちょうど暇していたとこだったし、あ、お店どうだった? 忙しそうだった。前通って来たんでしょ」


「う、うん。そんなに忙しいって言う感じじゃなかった」

「そっかぁ。今日は彩音さんがシフト入っているから大丈夫だと思うけど」

「そうなんだ……。彩音さんが」


「ちょっとどうしちゃったのよ、りんご。いつものりんごじゃないみたいだよ。そうだ、ケーキ食べる? まだお店に出していない試作品なんだけど」


「試作品?」

「うん、オレンジタルト。夏限定なんだって」

「夏限定のオレンジタルト?」

「そうだよ、だって夏みかんのタルトだから」


夏みかん……。美柑。


「今、用意するからちょっと待っててね。アイスティーでいいよね」

「……うん」


今、私は物凄く後悔している。勢いで希美の所に来たことを。

みかんから聞いた容姿は確かに希美だと思う。


でも何故、希美がみかんの後をつけていたのか。もしかしたら、うちに来る気だっただけじゃないのか? でも希美はうちには来ていない。

まくのが大変だったってみかんが言ってたけど、一回だけの事なんだろうか。

それとも何度もそう言う事があったのか。


そこまではみかんからは訊いていない。


「はいお待たせ」

目の前に置かれたオレンジタルト。ホールのままだ。


艶やかな光沢のある輪切り夏みかんがぎっしりと敷き詰められた、見た目にも華やかなタルトだ。

見ているだけで、甘酸っぱさが伝わって来る。


ナイフで切り分け、希美が私に渡してくれた。

「さ、どうぞ。感想頂けると嬉しいな。りんご料理得だから、りんごの意見は真摯に受け止めます」


「て、さぁ。これもしかして希美が作ったの?」

「えへへ、実はそうなんだ。まだお父さんからはOKは貰っていないんだけどね。後何か一工夫が欲しいって言われているんだ。その何かがまだピンと来なくて悩み中なんだ」


「そっかぁ、それじゃいただきます」

「うん、どうぞ召し上がれ」


見た目はとても綺麗だ。華やかなオレンジ色が生きている。タルトのベースは薄く焼いたブラウニーとカスタード。ブラックブラウンとホワイトオレンジの2層。切り口の見た目もいい。


ピースに切られたタルトにフォークを落とすとスッと中に入って行った。

ボリューム感のあるみかんの輪切り。硬いかと思いきやとても柔らかい。


一口口にすると、ほのかな酸味が口の中に広がる。そしてその後スッと洟に抜ける独特の香り。何だろうこの香り? ブラウニーのチョコのほろ苦さと香によく溶け込んでいる。


「どうぉ? 美味しい?」


「うん、とっても。凄いね、流石人気洋菓子店の娘だけの事はあるわ。私なんかこんなの作れないよ」

「ありがとう、りんごからそう言ってもらえると、自信が付くよ」


「ねぇ、一つ聞いていい? この香り、何かスパイス系の香りがしたけど何だろう」

「流石りんごだね。それに気づくなんて。やっぱり、りんごには隠し事は出来ないね。クローブよ」


「クローブ?」

「うん、夏みかんってさぁ、皮の部分から少し青臭さが出るからそれを和らげるために今回使ってみたんだ。合わなかった?」

「ううん、むしろいいアクセントになっていると思う。そうかクローブか。全然その発想はなかったよ」


「そっかぁ、嬉しい。これでお父さんからOKもらえるかな?」

「そうしたら、希美の作るケーキがお店に並ぶんだ」

「あはは、たぶんそれは無理。お店なんかに私の作ったものなんか出せないよ。試作品って言ったのは嘘。でもさ、私にとってこのタルトは試作品なんだ」


「どう言う事なの?」

「なんでもない。でも嬉しいよ。りんごから合格点もらえたんだと思うから」

試作品って、どう言う事なの?


長いまつげを節目にしながら、じっと自分が作ったオレンジタルト見つめる希美。やっぱり何かあるんだ。


「で、りんご。あなた私に何か訊きたいことがあるんでしょ」


「何でそう思うの?」

「何でって……。何となく」


「それより希美。あなたの方が私に訊きたいことがあるんじゃない?」

ピクンと希美の躰が一瞬震えた。

やっぱり希美は何か感づいている。

スッと顔を上げ、私の目を見つめてその口が動いた。


「りんご。りんごと宮島先生の噂って本当なの?」

目を少し潤ませながら私に問いかける希美の顔は真剣だった。


あの噂、希美も知っていたんだ。

もしかしてそれを確かめるために……。希美はみかんの後をつけて行ったのか。

だとしたら、希美には本当の事をちゃんと話した方がいいんだろうか?


私と、みかんの関係を……。


でも何故かしら、どこかにみかんとの関係を誰にも知られたくないと言う想いが湧き出てくる。

どうしてなんだろう。


私たちはそんな関係じゃないのに。

私はみかんを異性として見て……。

いないはず。


「はっきり言っていいよりんご。私何を言われたって大丈夫だから」

何を言われてもって。何をどう話をしたらいいんだろう。


分かんないよ。

どうしたらいいのか分かんないよ。



「ねぇ、りんご。りんごは私の事好きなの? 今も愛してくれているの?」


その答えに答えようと口が開いた時。

希美の口から私をまた惑わす言葉が出た。


「――――私、自分が分かんなくなってきちゃった」


へっ? それってどういうことなの。 

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