第8話あの子の行方
ぼんやりとアレが消えていった方を見ていた。
もう、どうすることもできないんだって、私は思った。あんなものが地上に出てきてしまった。あんなものが、生まれてしまった。
私には、何もできない。
何度も何度も一緒に遊んだあの子も、あの子の弟くんも、おばさんもおじさんも。
もういない。いなくなってしまった。
なんにも知らないで笑っていられたあの時間は終わってしまった。せめて、私が何か少しでも、ここはおかしいよ。そう言うとこができたなら。ここにいちゃいけないよ。そう忠告することができたなら。
私には、なんにもすることができなかった。
私は、無力だ。
ごめんね。
ごめんなさい。
助けてあげられなくて、ごめんなさい。
もっと早く、気づいてあげられなくて。もっと早く、ここに戻ってくることができなくて。
何も知らなくて、ごめんなさい。
全部が遅すぎた。違和感に気づくことも、事実を知ることも。
もう、そこには誰もいなくなってしまった。
周りは白いでいた。見えていた過去の虚像が、蜃気楼のように揺らいでは消えていく。霧の中に埋もれていくかのように人の影は遠退いていく。
全ては幻だった。
何が見せた幻なのかはわからない。でもそれは、嘘でも作り話でもなくて、実際にあった現実。私にはそうとしか思えなかった。
それを証明する人なんてどこにもいないけれど。
全て、終わってしまったこと。
全部、全部、過ぎていってしまったこと。
ただ自分の中に残ったのは、わけのわからない後悔だった。
もっとこうしていたら。もしこうだったら。自分がもっと。もっと、ちゃんとしていたら。
なにも、無くさなかったのかな。
誰も、悲しまなかったのかな。
みんな、笑っていられたのかな。
あの頃のままでいられたのかな。
結局ね。全部自分が悪かったんだって思った方が楽だったんだ。
本当はそんなことないのかもしれない。私だけが全部背負って、悪かったなんて、そんなことないよ。でもね。どうすることもできない現実から逃げるなんて、もうできなかった。逃げられないから、目を逸らしてしまいたかった。
私は弱い人間だから。
弱いから、自分を責めて逃げようとするの。
何もできない自分に怒りを向けて、何もできなかった過去の自分を正当化しようとするの。あの時の自分はしょうがなかったんだ。そんな風に。
なにが正しいか、どうあることが正しいか、そんなのわかんないんだけどね。
誰も、知らないでしょ?
ぼんやりと立っていることしかできない自分の意識をそこに戻したのは突然のことだった。
私の足首を、何かがひたりと触っている。
息を飲んで下を見ると、白い手が私の足を触っている。
小さな子どもの手だった。アレに付いていたモノと同じように血の気の全くない真っ白な手。
ぺたり。
ぺたり。
そんな音が本当に出そうな触り方だった。実際は音なんて全くしていなかったけど。
ぺたり。
ぺたり。
ぺたり。ぺたり。
ぺたり。ぺたり。ぺたり。
ぺたり。ぺたり。ぺたり。ぺたり。
その手は足を、膝を、ゆっくりと這い上がっていった。
一本だった腕は四本になった。腕だけじゃなく、いつの間にか裸足の足も四本、私の足下で跳び跳ねていた。
怖かった。怖くて恐くて、私の体は震えて、歯はカチカチと鳴っていた。
温度のない手足たち。冷たいも熱いもない、ただ「触られている」という感覚だけを与える手足たち。
泣き出したくなった。叫び出したくなった。助けてって。触らないでって。でも、ふとした瞬間。ほんとにふ、とした瞬間だよ。なんか、知ってる感じがしたんだ。不思議だよね。懐かしい雰囲気が蘇ってきたんだ。私、この雰囲気を知ってる。そう感じたの。
あの子たちだった。
幼かったあの日に別れて、知らない間に消えていなくなってしまった私の友人たちだった。
あの子たちはここにいたんだ。
ずっと、ずっと、この場所にいた。
私を覚えていてくれた。
こんなことになっちゃったのに!
こんな酷い姿になって、こんな酷い最期になって。それでも。
それでも。
大人になった私を待っていてくれた。
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