第6話上部(うわべ)

あの子たちはもうどこにもいない。その現実が私には痛かった。まるで、鋭く尖った冷たい氷の破片が自分に降り注いだようだった。

私と一学年しか違わなかったあの子。一歳しか違わないのに、どうしてその未来はこんなに違ってしまうの。あの子が、あの家族が何をしたの。ずっと笑って、一緒に遊んでいたのに。

「普通の」家族だったでしょ?

どこにでもある、「普通の」家族だったでしょ?!

なんでそんなことになるの?!!


私は信じたくなかった。信じられなかった。だから、事実だけを話す彼女に向かってこうとだけ言った。


「ここは『普通の』場所じゃなかったんですか?」


彼女は私にこたえた。




「知りたいですか? 家の中に入ってみますか?」




私は、あの子の家の中に彼女と一緒に入った。




頭のどこかでサイレンが煩く鳴り響いていた。此処は危険だ。此処は「普通」ではない。入ってはいけない。入るな。後悔するぞ。

何にも知らずにのうのうと生きてきた自分以上の後悔なんてしないよ。




私は、家に入っていった。




「行方不明」となってしまったあの家族の祖母にあたるという彼女は、住人が消えた後、鍵を預かる身として隣の家に住み始めたそうだ。その鍵を使って、彼女は玄関の扉を開いた。


扉が開いてすぐに私の目の前に広がったのは埃が積もった玄関。何足か靴も置きっぱなしになっていたけど、それも同じように埃の下。

でも、確かに見覚えのある玄関だった。小さかった頃、何回か家に上がってあの子たちと遊んだことがあったから。


私たちは靴を脱ぎ、適当に揃えて置いた。そして、ぎしりという音を立てて床を踏んだ。

彼女のあとを追いながら、私は家の中を見て回った。その間、彼女は家の話をした。



ただの不動産による悪知恵だったのよ、と。彼女は切り出した。

この土地はどうしても売れなかった。おそらく森や竹林に面していたこと。そして、すぐ近くには稲荷や防空壕が残ってしまっていたこと。それらが理由でずっと分譲も整備もすることができずに残ってしまっていた物件。それがこの区域を含む土地だった。

それがある時、ぽんと売れてしまった。

それまで一度も、そんな話などあがったこともなかったというのに。

でも、不動産にとっては嬉しいことであった。彼らはどうしても早々にこの土地を売り払いたかったらしいから。


彼女は廊下を静かに歩きながら続けた。


私たちは誰も知らなかったのよ。彼女は溜め息とともに吐き出した。

それがわかったのはもう手続きも全て終えてしまった後。中には、誰か変に思った人もいたかもしれない。気づいた人もいたかもしれない。


土地情報を似た条件の物件と入れ替えていたの。彼女は苦い顔をしていた。

でもそれは、自分に出されたお茶が苦かった程度の顔だった。たかがその程度の苦さ。だから、それはこうなってしまったことの原因ではないのだと思う。


気の強い人は抗議もしたでしょう。でも、結局整備が終わって家が建てられて、これからここに住むという段階になってしまったらそんなのどうでもよくなったわ。

だって、住みやすい「普通の」家だったんだから。


彼女は振り返って、私の顔を見た。


「知らなかったのよ」


その言葉が私に重くのしかかった。


「私たちは余所者だったから」


なんで情報を入れ替えただけで、すんなりとこの土地が売れたのか。それは、正しい情報の中に危惧することがあったから。地元の人が誰でも避けようとする面倒なモノの印が、そこにはあったから。

それは、住所だった。この区域だけの住所の名前。

ずっとずっと昔から変えられることのなかっただろうその名前は、此処がどんなところか示していた。

余所者が見れば、ただの名前。なんにも感じるものなどない、ただの名前よ。でもね。地元の人は絶対に関わろうとしない名前らしいわ。

だから、決して売れることはなかった。

でも、名前さえ隠してしまえば此処がどんなところか、地元の人にさえわからないみたいなのよ。


私はその名前を聞いた。でも、彼女は顔を横に振って

「私も知らないの」

とだけ言った。

不動産の他の人たちが入れ替えに気づいたとき、それはまずいと正式に名前を別のものに変えたらしい。だから、昔の名前を知る人はもういないそうだ。


それでも。

こんなことになってしまった。


私は、彼女の手によって開かれた二階の子供部屋の中を見た。雑貨の多い、女の子の部屋。私の友人であるあの子の部屋だった。

カラフルな雑貨が溢れる、賑やかな部屋だった。今では埃に埋もれて荒れてしまったモノクロの部屋だけど。

でも、確かに覚えているあの子の部屋だった。

ただ、記憶の中のものと違うのは、あの子の部屋にもあの子の弟の部屋にも、ランドセルがなかったということ。代わりにどこかの学校の制服がハンガーにかけられていた。


カーテンが締め切られた部屋は、いるはずの主だけを置いて時間を重ねていた。




薄暗い二階の廊下を歩き、私たちは階段を降りてきた。ぎし、ぎし、と重い音が耳に響く。








そして、徐々に周囲は家の建つ工事の前へと変わっていった。

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