第5話「話しましょう」
彼女の家の玄関へ続く数段しかない階段に座って、私は話を聞いた。そこからは蛇口に引っ掛かったバケツが見えた。
彼女の話は、私が中学生になって引っ越してからの続きの昔話だった。
「ここらはもともと分譲地として整備され、家が建てられ、そして売却されていったのよ」
知っている。そのうちの一つにあの子たちも住んでいた。
「みんな普通に生活していたわ」
それも知っている。だって、私たちはあの日までは笑って一緒に遊んでいたんだから。
「でも、いつからか変なことが起こるようになった」
変なこと?
「扉が突然閉まったり。棚から物が次々と落ちたり。真夜中に家族のものじゃない悲鳴が家の中だけに聞こえたり。庭に動物の死骸がおかれていたり」
それは、怪奇現象、っていうんじゃ。
「家だけ残して人は次々と出ていった。だから、今は空き家だけが残ってるの」
だから誰もいないのか。引っ越したなら、そうなるよね。引っ越したなら。
「ただ、隣のあの家」
あの子と、弟と、その両親であるおばさんとおじさんの四人が住んでいた、あの家。
「あの家に住んでいた家族だけは家を出れなかった」
出れな、かった?
「まず子どもがいなくなった。姉と弟が行方不明になった。私たちも探すのを手伝ったけど、見つからなかった」
いなくなった。
「次に父親がいなくなった。警察に届けたけど、結果は変わらなかった」
一度だけ見たことのある、おじさん。
「最後に、母親がいなくなった。毎日、一人で泣いていたわ」
遊びに行くといつも笑ってあの子を呼んでいた、おばさん。
いなく、なった。
みんないなくなってしまった。
どこに?! いつ?!
一体どうして!!
私は思い出した。
引っ越した後、一度だけあの子の母親と偶然会ったことを。
あの人は笑っていたはずだった。私のことに気付いて声をかけてくれたんだ。何年も前の、娘と息子の遊び仲間。たったそれだけなのに覚えていてくれた。
「今はどう?」
私の今を心配して、様子を聞いてくれた。
私はそれがすごく嬉しかったんだ。
それなのに。
ああ、でも。最後におばさんとこの近くで会ったとき、一人だったな。それに、おばさん、子どもたちのこと、一言も、私に話さなかった。
もしも。あの時点で既にあの子たちがいなくなってしまっていたら。
私はすっと血の気が引いていくのがわかった。
あの家族は一体どこへ。
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