第7話



 少し、赤くなるような変な話だけれど。

 君はまるで理想のような女性だった。自分の考えにひとつ大きな芯を持っていて、教養があって喋り方も仕草も落ち着いていて、魅力的だった。

 それに彼女とはとても距離が近くなった気がする。最近はほぼ毎日会ってるし、授業に身が入らないからサボる事も増えてきた。

 彼女は今まで会った事のないような唯一無二のような人だった。僕が一緒にいて内心退屈なんじゃないのかと思うぐらいに賢くて。

 出会った頃から感じていた彼女の妙に大人びた感覚は、直感的に感じていたけれど、本当に当たっていた。彼女の考えは、世界の傍観者にでもなった気持ちになる。底なしの深い絶望のような、正しいけど楽しくないような。

 端的にいえば子供らしくない。大人よりも大人びていたのだ。


「あー......」

「今日、暑いね」

 最近めっきり梅雨が明け、快晴の蒼空が広がる事が増えてきた。溶けそう。

 あー。梅雨明けといえば、僕はまだ君とは出会って1ヶ月ぐらいなんだ。

 なんか不思議な気持ち。

「ねぇ、君と出会ったのって丁度1ヶ月ぐらい前なんだよ?」

「そうだね......」

「早いよね。私、もっと長いこと一緒にいたものだと思ってた」

「出会った頃はまだ雨がいっぱい降ってたのになー」

 ため息が溢れる。

「こんな日はアイスでも食べたいね」

「あー、良いねそれ」

 君といる時間はいつも楽しい。別に大した話はしてないし、特に何があるわけでもないけれど、気兼ねなく適当な事を喋ってる時間が楽しい。無駄な時間も楽しいって思えるなんて、知らなかったから。

「ねぇ、君は人生最後の日は何を想ってたい?」

「え......そんなの随分と先の事だからなぁ。その時にしか分からないんじゃないの?」

「分からないよ?今すぐ隕石でも落ちてくるかも」

「そんなの宝くじが当たる確率より低いじゃないか」

「だから、死ぬ時はどんな事を考えてたい?」

「そうだな......」

 そんな事を言われても、困るけれど。

 やっぱり、馬鹿みたいな話だけれどまず最初に浮かんだのが君の顔だった。

「私、君と考えてる事が一緒だといいな」

「......僕も」

 人生最後の日、きっと僕は君を想うのだろう。隕石が落ちてきたとしても、車に轢かれるにしても、健康的に寿命で死ぬにしても、君という人がいたと言う事実を考えているのだろう。

「やっぱり、行っちゃうの?」

「うん、やっぱり私は変わらなかったや」

「本当はもっといっぱい遊んで、君と恋をして、明日も暑いねなんて言い合いたかったけど、やっぱり怖いんだ」

 彼女は怯えていた。幸せに牙を剥かれて、正しい自分に囚われている。

「僕は......」

 あと一言が出なかった。

 君に幸せを諦めないで欲しい。けど、とても言えなかった。それが君を否定する身勝手な事だと知っていたから。

「僕は......」

 もっと言いたいことがあった。けど、頭が真っ白で何も言えなかった。

「私のもの、全部君にあげる。学生証も煙草も、好きにしても良いよ。私のカバンに遺書も書いたから、あとで読んでね。

 君に書いたラブレターだから」

「僕も、大好きだった。もっと、もっと......ああ、なんて言おうとしてたか忘れたや」

「ふふ、良いんだよ。全部伝わってるから。それに、今日はもう時間でしょ?今日休んだら、大変なんじゃないの?」

「うん、でももうちょっとだけ」

「仕方ないね」

 最後に君を抱きしめた。

 君の体温を感じて、暖かい君を感じていた。きっと、人生最後はこの時を思い出すのだろう。

「もう、大丈夫?」

「うん、ありがとう」



「じゃあさようなら」

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