第6話



「初めまして」

「うん、初めまして」

 その日の先輩は、制服姿だった。

 なんとなく察しはついていた。君は普段私服姿だけど、稀に制服の時がある。それが“その日”なんだと、最近確信に変わった。

「そんなに、お金が必要なんですか?」

「うん。必要なの」

「それは、どうして?」

「そんなに気になる?」

「僕は、君の事もっと知りたいよ」

「それ、どういうこと?」

「......そういう事」

 ああ、照れくさい。

 彼女も少し照れたのかおもむろに大空を見上げて、愉快そうに口を開いた。

「君、幸せってなんだと思う?」

「どうしたのさ藪から棒に」

「まぁまぁ、幸せってどうやったら手に入るんだと思う?」

「うーん、分かんない。楽しいことしてる時とかじゃないの?」

「私さ、幸せって身勝手になることだと思うの」

 彼女はそう言った。

 達観した様な、諦観した様な、そんな表情で。

「今日も世界の何処かではご飯を食べれない人がいて、働かなきゃ生きていけない人が居る。けど、幸せになるって、その全てを見ないふりをする事だと思うの。本当は、私なんかよりもご飯を食べるべき人が居るかもしれない。けどそれでもご飯を食べてるって、身勝手で、幸せな事。

 助けを求める人を知らないふりをして、自己中心的に自分のエゴを通す、みたいな。それが幸せになるって事じゃないのかな」

 彼女の言葉に僕は何も言えなかった。

 肯定する事も、はたまた否定する事も怖かった。

「私、親が再婚してさ。今とっても幸せそうなんだ。今度弟が生まれるし、義父とお母さんが幸せそうに食卓を囲んでる所を見ると、まるで私だけが部外者に見えてきてさ。

 ずっという事聞かないから怒ってばかりだった母さんが、最近は自由にしなさいって言ってきて。

 私はもう用済みなんだなーって。あたかも私が邪魔みたいに、考えたくないみたいに接してくる」

「私は母さんみたいになりたくない。母さんの言うことに従いたくない」

 だから、お金が欲しい?

 それは、君が自分を削ってまでもしたい事なのだろうか。

 君の本心からくるものなんだろうか?

「私は私が生きる為に必要だったお金を返して、私はこの世界から消えたいの」

 彼女の悲痛の叫びは、幸せすらも拒んだ弱い声だった。

「君は優しい人、なんだね」

 苦しんでる人を目の前にして、自分が幸せになる事に後ろめたさを感じてしまう。

 誰かが可哀想だと、自分自身すらも悲しくなってしまう。

「はぁ......なんか人に自分の事話したの初めて。けっこう恥ずかしんだね」

「僕は構わないよ。それに君の話、好きだから」

「な、なんてこと急にそう言う事を言うのさ」

「その。恥ずかしいけど、尊敬してる」

 今日の空はとても青い。

 梅雨がもうすぐ明ける頃だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る