第5話
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「君、私のこと調べたでしょ」
その日の君は少し怒ったようだった。
僕は彼女の正体を知ってしまったのだ。
別に、僕から主体的に動いたんじゃない。クラスの誰かに、屋上に行ったのでも見られたのだろう。
知り合い程度のクラスメイトに、“君”関わるのは辞めておけと言われた。
そのクラスメイトから、君のたくさんの噂を聞かされた。見知らぬ人と援助交際しているだとか。頼めばヤらせてくれる尻軽女だとか。
全部全部悪い噂だった。まるで彼女が悪い人の様に皆んな話していた。
「私、君とのこの関係はそんなに嫌いじゃなかったよ」
「......僕も、です」
彼女から向けられる侮蔑の視線が息苦しかった。
「僕だって、知りたく無かったです。“先輩”の事」
「幻滅した?こんな先生にも親にも見放された不良の成れの果てをさ」
先輩はもう今年で5年生。四年制まであるこの学校では、真面目に授業を受けていればまずありえない学年だ。
「僕は、噂で先輩を判断したくありません」
「そう」
彼女は興味なさそうに返事をした。
ひとつ、先輩と僕の間に大きな壁ができたようだった。それが気持ち悪くて堪らなかった。
「僕は平穏な家庭で生まれて育ちました。
優しい両親に育てられたからか、反抗期も来なくて、真面目に生きてました」
僕はどうしようもなくなって、自分の思いを曝け出した。
ただ、君との関係を失いたくなかった。
「両親の為に進学はしたいけど、その努力はいつまでも出来なくて、ちょっと不貞腐れて屋上に行けば、先輩がいた。
煙草を吸ってたり、授業には出てなさそうで、不真面目な人だと思うけど、思うけど」
「僕は、先輩と一緒にいる時間が楽しみだった!」
すごく恥ずかしい事を言ったと思ったけれど、この際どうでもよかった。
先輩と一緒にまた、“初めまして”を言い合える関係が欲しかった。きっと、もう元には戻らないものだと分かっていたけれど。
それでも願わずにはいられなかった。
「君は、私のことが好きなの?」
「え......」
彼女は少し困惑した様に、僕に聞いてきた。
「分かりません。けど、ほかの誰よりも魅力的だと、その、思います」
「それ、好きってことじゃないの?」
「わ、分かりません」
「はぁ......君は、よっぽど変わり者なんだね」
「そうかもしれません」
“変わり者”なんて、初めて言われたかもしれない。優等生の僕は、常に模範的な人間だったから。
僕は変わってしまったのだろうか。
不良少女の影響で。
「じゃあさ、今日の事はやっぱり無かった事にしようよ。明日からは私たちは他人。
君は私の名前も存在も知らなかったし、また明日も“初めまして”って事で。
それで影響ないでしょ?」
彼女が持ち出した事は、先輩がまた“君”に戻るだけだった。完全に元の関係になるわけではないけど、また僕と会ってくれるらしかった。
それが僕にとって一番嬉しい事だった。
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