第1話



 梅雨は憂鬱だ。

 この学校は2学期制で、年に2回ずつ定期テストと期末テストが訪れる。梅雨の時期になると、期末テストがやってくる頃だ。

 今年、僕は2年生。

 親からは大学に進学しろと言われていて、テストの成績次第では塾にも行かなきゃいけない決まりになっている。

 だから、梅雨は憂鬱だ。


 その日はなんだかとても気分が落ち込んでいて、授業を途中で抜け出して廊下を歩いていた。

 学校では優等生として奨学金までもらっているし、きっとこんな事がバレたら大事になるんだろう。

 でも、授業には出れなかった。出たくなかった。学校に居場所が無かった。

 ふと、この学校には屋上があるのを思い出した。校舎の玄関から右奥の四階の梯子から登れる屋上。

 もし、鍵がかかっていたら帰ろうと思った。適当に保健室で休んで、次の時間から頑張ることにしよう。

 そんな保険だらけの目論見は、意外にも上手くいった。

 屋上のダクトは開いて、梅雨明けの空が僕を照らした。

 梯子を駆け上がり、ダクトを閉める。 水溜りと汚れだらけの屋上。少しだけきた事を後悔した時だった。

「君、だれ?」

 声をかけられて、肝を冷やした。屋上の柵に、僕を見つめる少女がいた。

 誰かに、バレてしまった。


 この学校は私服が許されているため、何年生なのかも分からないが、その少女は大人びている印象だった。

 彼女の手元には煙草があって、2本3本と捨てられていた。

「君も、サボり?」

 そう言って、ニヤッと蠱惑的な笑みを見せる彼女は、まるでこの状況を楽しんでる様だった。

「えっと......そ、そんな感じです」

「そう。これ、内緒ね」

 煙草を指差す。

「えぇっと、僕の事も内緒でお願いします」

「うん。お互い、利害一致だね。じゃあ仲良くサボって無かったことにしようか」

「は、はぁ」

 奇妙な人だった。

 煙草を吸っている人はもっとオラオラした怖い人だと持っていたけれど、この人は和やかというか、知性的というか?

 ちょっと掴めない人だった。

「となり、座る?」

「え、いいんですか?」

「なんで断りがいるのさ」

 少し恥ずかしいけれど、隣に座る。

 屋上の柵、崖っぷちに足を下ろす。隣には煙草女子。少しだけ奇天烈なシチュエーションだとは思う。

 でも妙に胸がドキドキしていた。

 見下ろせば四階分もの高さから見える小さな駐車場。

 馬鹿みたいな話だとつくづく思うけれど彼女に意識している自分がいた。一目惚れとか、恋愛感情だとかは無縁な人生だと思っていたけれど。

 いや、人間は命の危機に瀕すと恋愛感情が高まるというが、そういう事なんだろうか。


 隣の少女を覗く。

 どこまでも景色を見ている彼女の横顔。サラサラの黒い長髪に、何処か遠くを見ている様な宝石の様な瞳。

 少しだけ見惚れてしまって、バレた。

「ん?君も吸う?」

「いや、そういうのは」

「なんだ、君はまじめ君だったのか」

 そういうのはダメと教わったから、ついつい断ってしまったけれど、吸ってみても誰にもバレないんだよな。

「えっと、貴方は、何年生なんですか?」

「んー?」

 煙草の吸う彼女に聞いてみた。

 少しだけ悩んだ後、彼女は口を開く。

「今日、ここで起こったことは何も無かった。明日には君とは他人なんだよ?」

「......そう、ですね」

 すごく遠回しに断られた。

 もっと深入りできる図太さを持っていたら教えてもらえたかもしれないけれど、僕には勇気は出なかった。

「今日、いい天気だね」

「そう、ですか?」

 梅雨の時期は曇り空。駐車場も水溜りで溢れている。

「うん、雲もあって、いい天気」

 彼女はそう言った。

「そんな不思議そうな顔しないでよ」

「ご、ごめんなさい?」

「こんな日はサボりたくもなるよね」

「まぁ......はい」

 結局その日は、それ以上の話はなかった。

 ずっと、お世辞にも快晴とは言えない空を眺めて、授業が終わるのを待っていた。

 僕が帰る時にふと彼女が、

「私のこと探したら今日の事ある事ない事言いふらすから、お互い仲良くしようね」

 と釘を刺された。

 だから、今日でサボりも終わり。

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