第52話 偽装恋人

 あの後、親父達に説明したところ……。


「まあ、色々と言われてしまうよなぁ」

「ごめんなさいね、静香……」

「ううん、別に再婚したのが嫌なわけじゃないから。ただ、ほら……世間って怖いから」

「そうなのよねぇ……有る事無い事を吹聴するわね」

「うんうん、俺もわかるよ。じゃあ、名前呼びってことだ」

「そういうことになるね」


 という感じに……あっさりと承諾を得た。

 まあ、親父も由美さんも……世間の目っていうのを誰よりも知っているからかもしれない。







 そして、翌日の朝……。


「そ、それじゃあ、行こうか?」

「う、うん……」


 一緒に住み始めてから、初めて一緒に家を出る。

 何故なら、そっちの方が不自然じゃないからだ。

 一応……付き合ってる設定なわけだし。




 密室のエレベーターで、少し変な感じになる。


「へ、変な感じだよね?」

「まあ……そうだな」

「でも、ずっと悪いと思ってたから」

「俺が遅刻ギリギリなこと?」

「うん、は、春馬君っば……あぅぅ……」

「ちょっ!?」


 やめて! 恥ずかしからないで! 俺が恥ずかしくなるから!


「ご、ごめんなさい……春馬君、春馬君、春馬君……昨日、あんなに練習したのに」

「へっ? 練習?」

「い、いや、その……ほ、ほら! 間違えないように! 兄さんって!」

「あ、ああ、なるほどね」


 何やら必至に訴えてくるので、それ以上は聞かないことにする。

 ほんとうに……よくわかんない状況になったなぁ。






 ……まずいことになった。


 まさか、この俺にこんな定番が起きるなんて……。


「へ、平気?」

「は、はぃ……」


 そっか……都内方向じゃないとはいえ、この時間はそれなりに混むのか。

 俺が乗る時間は、いつも空いていたから知らなかったな。

 つまりは……密着度が高いです。


「いつもこんな感じ?」

「ううん、そんなことないよ。タイミングが悪いのと、この次の駅で降りる人多いから」

「なるほど」


 ということは、後一駅の我慢か……。

 入り口側の端っこに、静香さんを移動させたのはいいけど……。

 胸の辺りに吐息がかかるし……下を向けないし……盛り上がり部分がどえらいので。

 何せ……少し前から夏服ですから。


「あ、暑いね……」

「そ、そうだな。もうすぐ梅雨になるしね」


 ちなみに……何やら殺気を感じたのは気のせいだろうか?


 いや……自分が逆だったら、同じことを思うかも——爆発しろと。






 その後……何とか、無事?に電車を降りる。


「ふぅ……」

「春馬君、平気? 時間、もう少し遅くしよっか?」

「いいや、それだと静香さんが悪く言われちゃうよ。付き合った男のせいでなんて言われたくないし」

「つ、付き合った男……う、うん……ありがとぅ」


 そうだよな……俺の行動ひとつで、静香さんが何か言われる可能性があるんだ。

 偽装彼氏として、これから気を付けないと。


「春馬君? 行かないの?」

「ごめんごめん、行こっか」




 改札口を抜けて、学校への道を歩いていく。


「ふふ、春馬君は大変かもだけど……助かります」

「えっ? 何かしたっけ?」

「実は……毎朝の視線が嫌で。いつもジロジロ見られるから……」

「あぁーなるほど……いや、そうだろうね」


 朝から、見ず知らずの男達に見られて良い気分な訳がないよなぁ。

 なるほど……それを含めての射殺す視線だったのか。


「今回は春馬君に集中してたから」

「そういうことか」

「自意識過剰だとは思うんだけど……」

「いやいや、そんなことないよ。それに、役に立てて良かったよ」

「えへへ……ステキな彼氏さんね?」

「……あの?」


 何故……腕を組まれているのでしょうか?

 めちゃくちゃ柔らかなモノが……当たっているのですが?


「ほ、ほら! か、彼氏なんでしょ?」

「い、いや、そうだけど……ハァ、わかったよ」

「わ、私だって、恥ずかしいんだから。でも、こうすれば色々と面倒なこと言われないと思って……本当の恋人っぽくしないと」

「まあ、疑われるよね……」


 仕方ない……男を見せろ! 春馬! 好きな女の子のためだ!

 全精神力を振り絞って、俺は堂々と歩いていくのだった……。





 生徒達からの視線を感じつつ、教室に入ると……。


「ねえねえ!」

「どうなってるの!?」

「ま、待って!」


 すぐに、静香さんが囲まれる。

 えっ? 俺の方には来ないよ?

 なぜなら、ぼっちだから……別に良いんですよ。


「よう、春馬」

「トシ……ありがとう。君がいて良かったよ」

「お、おい!? なぜ泣きそうになる!?」


 クラスに溶け込んでないとか、友達がいないことを悔やんだことはない。

 でも……それがイコール、寂しくないというわけではない。

 トシの優しさに、俺はしみじみとするのだった。




 その後、トイレに連れていかれ……。


「んで? 何がどうなった? クラスの男子から、お前に聞けって煩くてよ」

「それはごめん……えっと……実は」


 昨日起きた出来事と、今の状況を伝える。

 正直言って、自分でもよくわかってないけど。


「なるほどねぇ……いや、悪くない作戦だ」

「そう思う?」

「ああ、一緒にいても怪しまれない。登下校も一緒でも不自然じゃない。お昼ご飯を食べても変じゃない」

「まあ、そうなるよね」

「何より……家に連れて行っても不自然じゃない」

「あっ……確かに」


 そうか……もし仮に、家から出るところを見られても良いのか。


 なるほど……これは利点だらけだな。


 まず、静香さんの男避けになる。


 俺自身も……今、静香さんが彼氏できたら死ねるし。


 よし、大分整理できた。


 偽装彼氏として、これから頑張っていかないと。

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