第51話 名前呼び

 や、やってしまった!


 というか……一体、何をやってるの!?


 急いで追ったは良いけど、中々見つからなくて……。


 咄嗟に出て行って、あんなこと言っちゃったけど……。


 ぐぁぁぁ——!! だれかァァァ! 俺を殺してくれェェ!


「……さん? さん! 」


 ァァァ! 恥ずかしい! 振られた分際で彼氏ヅラとか!!


「兄さん!」

「は、はい!?」

「あ、あのぅ……もう、学校出てるよ?」

「へっ?」


 周りを見渡してみると……知らない場所にきていた。

 多分、適当に歩いたからかも。


「ほ、ほんとだ……」

「あと……その、手が……」

「ご、ごめん!」

「う、ううん!」


 どうやら、ずっと手を繋いでいたらしい。

 そんな感触を楽しむ余裕もなかった。


「あぁー……なんだ、その……ごめん」

「ふえっ? な、なんで兄さんが謝るの?」

「い、いや……彼氏ヅラをしてしまったし」


 自分を陰キャだなんて思ったことはないけど……。

 この可愛い女の子に釣り合ってないことだけは確かだ。


「い、嫌かな?」

「へっ? い、いや、別に……前にも言ってたし」


 まさか、こんなに早く来るとは思ってなかったけど。

 心の準備が、まるで出来てないし。


「そ、そっかぁ……ありがとう、兄さん……助けてくれて嬉しかった」


 ぐぉぉ——!? モジモジしながら上目遣いをしないでくれェェ!


「ま、まあ……ほっとけなかったし」

「ふふ……嬉しい。ねえ、あそこに座ろ?」


 指差す方にはベンチのある公園があった。





 とりあえず、二人共落ち着くため……並んで座ることにする。


「兄さん……ど、どうしようかな?」

「うん? 何が?」

「えっと……付き合ってるって」

「なるほど……」


 間違いなく、すぐに広まるなぁ。

 それこそ、クラスのライングループとか……俺は入ってないけど。


「あっ……クラスの子から連絡来てる」

「はやっ! 今さっきだっていうのに」


 まあ、静香さんは色々は意味で有名人だからなぁ。

 特に、告られても断ることで……俺も含めて玉砕者は多数存在する。


「ど、どうしよう?」

「……任せるよ。静香さんが、そっちのが都合が良いなら」

「う、うん……じゃあ、そう返事するよ?」

「あ、ああ……」


 何故に照れる? 顔赤いし……女の子って、よくわからん。


「えっと……付き合うことになりました……な、名前どうしよう? 篠崎君じゃ、距離が遠いかな?」


 ぽちぽちとスマホを操作しながら、そんなことを聞いてくる。


「まあ……静香さん、最近兄さんって呼びそうになってるしね」

「うぅ……ごめんなさい」

「いや、謝ることないけど……俺は静香さんって呼んでも良いけど。というか、普段はそうしてるし」

「じゃあ……春馬君?」

「…………」


 か、体が震えてきた! 暑い!? なんだこれ!?


「だ、ダメかな?」

「い、いいえ……平気です」

「えへへ〜春馬君かぁ……」


 何かよくわからないが……とりあえず、ご機嫌な様子である。

 ほんと……女の子ってわからん。








 その後、家に帰り……リビングにて会議を始める。


「さて……親父達にはどう言う?」

「別に付き合ってるフリは報告しなくてもいいよね?」

「ああ、それはね。わざわざ親に尋ねる人もいないし。一軒家と違って、マンション内の人とは、ほとんど関わりないし」


 たまたま、お隣さんは住んでないし。

 こんな世の中だから、近所付き合いも減ってるし。


「そうだよね……でも、名前はどうしよう? 兄さんは、変わらないけど」

「……春馬に統一するとか?」

「へっ? い、良いの?」

「構わないよ。親父達にも、説明しやすいし」

「どういうこと?」

「学校で兄さんって呼びそうになるから、名前呼びにしたってことにすれば良いし」

「それもそうだね」


 すると……静香さんが、俺をじっと見つめてくる。


「は、春馬君……よろしくお願いします」

「う、うん……よろしく。とりあえず、偽装彼氏として頑張るよ」

「むぅ……」


 何故膨れる? 何か変なこと言ったかな?


 ……ダメだ、今日は疲れた。


 とりあえず、明日以降考えよう……。






 ◇


 ……どうしよう!?


「な、名前で呼んじゃった……」


 どうして良いかわからず、ベッドの上で転げまわります。


「えっと……何が起きたんだろ?」


 放課後の教室で絡まれて……ぁぁ、嫌だなぁって思って。


「こうならないように気をつけてたのに……」


 これからどうしようとか、虐められるとか……そんなことを考えてた。


「でも、兄さん……春馬君が助けてくれた」


 兄さんは静かに過ごしたいはずなのに。

 あんなことするタイプじゃないって思ってだけど……。


「わ、私のためだから?」


 もしかしたら……まだ、好きでいてくれてるのかな?


「ううん、変な勘違いしちゃダメよ。兄さんは……春馬君は、元々優しいもん」


 きっと、私じゃなくても……同じことをしたんじゃないかな。


「少し複雑だけど……そういうところが好きなんだもん」


 お人好しで気遣いが出来る人で……何処か、少し寂しそうな人。


「でも、ある意味でチャンスだよね?」


 これならデートしても不自然じゃないし……。


 なんとかして、春馬君の気持ちを確かめなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る