第53話 カッコいい大人
その日の昼休み……。
ざわざわ……ざわざわ……。
「あれが彼氏?」
「普通じゃね?」
「でも、そんなもんだよ。女子って」
「むしろ、好感度が上がるし」
教室の外から、そんな会話が聞こえてくる。
どうやら、噂を聞きつけてやってきたらしい。
それに、クラスの視線も相変わらず凄いことになっている。
幸い、俺には誰も話しかけてこないけど……。
「むーん……目立ってるね」
「そうだな」
「「ご、ごめんなさい」」
二人のセリフに、俺と静香さんの声が重なる。
「ううん、気にしないで良いよ〜」
「そうそう、適当に流しておけって」
二人がそう言ってくれるが……おちおち、弁当も食ってられないなぁ。
何より……やっぱり、釣り合ってないよなぁ。
そして、中間テスト返却も終わり……放課後を迎えたが。
本当なら一緒に帰るはずだったけど……静香さんは女子に囲まれている。
視線で先に帰って良いよと言われたので、教室の外に出ると……。
「おい、春馬」
「あっ、吉野先生……何か——あっ」
しまったァァァ! 吉野先生は義理の兄妹って知ってるじゃん!
担任の先生だし、付き合ってるって話は入ってくるよね!
「全く……ついてこい」
「は、はい」
はぁ……こりゃ、怒られるかなぁ。
何かあったら、言ってこいって言われてたし。
吉野先生についていくと……とある空き教室にくる。
俺はまず謝ろうとして……。
「すみ」
「んで、何がどうなった?」
「えっ?」
「事情を知っている俺に説明がなかったのはアレだが……まあ、怒っているわけではない。ただ教師として、大人として聞いておく必要がある。ほら、さっさと説明しろ」
……ほんと、カッコいい大人だよなぁと思う。
余裕があるというか……こっちを落ち着いた気持ちにさせてくれる。
多分、口調とは違って高圧的な態度が一切ないからかも。
「実は……」
「ふむ……なるほど」
とりあえず、軽く説明をする。
昨日の出来事を含め、どうして付き合ってることになってるのかを。
もちろん、俺が静香さんを好きなことは言ってない。
「確かに、世間というのは好き勝手にものをいう」
「……先生も?」
「ああ、お前には去年言ったろ? 俺は学生時代に母親を亡くしてるって」
そうだ……俺が教室の隅で一人でいる時、先生が屋上に連れてきてくれて……。
俺の話を黙って聞いてくれたんだ。
そして、その際に……先生の事情も軽く話してくれたんだ。
「はい……」
「その時もな、好き勝手に言う奴らがいたよ。頼んでもないのに同情したり、可哀想な奴って思われたり……もちろん、純粋に心配してくれる奴もいた。だが、そんなことに気づく余裕もなかったがな」
「わかります……俺も、トシ……鈴木君にひどいことを言った覚えがあります」
お前に何がわかるんだよ!とか、ほっといてくれ!とか……。
それでも、次の日には普通に話しかけてくれた……いい奴だよなぁ。
「俺と同じだな。そういう友達は大事にしろ。きっと、一生に一度出逢えるかどうかだ。今はわからないかもしれないが、一応覚えておくと良い」
「そういうものですかね?」
「ああ、実体験だからな。大学で出会う奴らにも良いやつはいたが……やはり、学生時代の友人は特別なものだ。もちろん、無理に作る必要はないぞ? 生き方や考え方は人それぞれだからな」
こういう押し付けてこないところもカッコいいよなぁ。
大人って、自分の考えが正しいと思って言ってくるし。
「はい、覚えておきます」
「おし……さて、事情はわかった。確かに、隠しておいた方が無難だな。あの子は良い意味でも悪い意味でも目立ち過ぎる。これまでは本人が意図的に隠していたが……これからはそうもいかん。昨日に引き続きお前が守ってやれ……それが兄ってもんだ」
「さすが、麻里奈さんのお兄さんですね? よく聞かされてますよ」
俺のバイト先にいる麻里奈さんは、吉野先生の妹さんだ。
そして店長と吉野先生は古い友達だ。
そのツテで、俺も紹介してもらった。
「全く、何を話されているんだか……」
「主にノロケ話かと。奥さん、美人さんですもんね?」
会ったことはないけど、写真は見せてもらったことがある。
子供を産んだとは思えないほどのスタイルと美貌の持ち主だったなぁ。
「まあ、綾は女神だからな」
「ご馳走さまです」
「ちなみに、娘は天使だ」
「いや、聞いてませんし」
とりあえず、娘さんと奥さんを溺愛してるのは知ってますけど。
「友野さんはどうだ?」
「店長ですか? 相変わらず渋いです」
「クク、変わらずか……ひさびさに綾たちを連れて食いに行ってみるか。さて、本題はここからだ」
「へっ?」
俺がぽかんとしていると……。
「お前が彼氏のふりをする経緯は聞いた。そして、昨日の出来事も……アレじゃ、おちおち昼飯も食えん」
「そうですよね……」
「さて、ここに……この空き教室の鍵を持っている教師がいる」
「えっと……?」
「学校の風紀を守るという名目で、ここを自由に使うと良い」
確かに、それが出来れば助かるけど……。
「そんなことして良いんですか?」
「構わん。毎朝、お前に鍵を預けるから好きに使え」
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。その代わり、節度を守ることだ……いかんな、説教くさくなっちまった。それじゃあ、戻るとするか」
そう言って、照れ臭そうに去っていく。
ほんと……良い先生に会えたよね。
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