第34話 帰宅

 翌朝……俺たちは手荷物だけを持って帰る準備をする。


「本当にいいのか? 今からでも……」

「親父、いいから。夫婦二人で仲良くやってくれ」

「しかしなぁ……お前達も楽しんでいたし、遠慮することはないんだぞ?」


 俺は親父の肩を組んで……耳打ちをする。


「平気だよ、充分に楽しんだから。それに、覚悟も決まったし」

「ん? どういうことだ?」

「それより……妹か弟を期待してるから」

「なっ!?」


 すると……。


「兄さん、どうしたの?」

「智さん?」

「い、いや! 何でもないんだ!」

「そうそう。じゃあ、俺たちはいくから」


 引き留められると面倒なので、さっさと部屋を出て行く。


(そう、これで良い。年齢もあるから出来るかはわからないけど……もし出来たら、それで本当の家族になれるかもしれない)


 もしも、この先……俺がいなくなっても。







 その後、静香さんも部屋から出てくる。


「兄さん、お待たせ」

「いや、まだ平気だよ。ただ二時間に1本しかないから早めに行こうか」

「うん」


 そして、田舎特有の1日に3本しか来ないバス停の前にくる。


「兄さん、ありがとう」

「ん? 何のこと?」

「おかげで、お母さん楽しそうにしてたから……あと、私も楽しかったし」

「少しは兄らしくなれたかね?」


 俺がそう言うと……何故が彼女が複雑な表情を浮かべる。


「……うーん、どうだろ?」

「ダメか……」

「ふふ、精進してくださいね?」

「はいはい、わかりましたよ」


 そんな軽口を交わしながら待っていると……。


 バスがやってきたので、それに乗り込む。


 隣同士に座って……。


「あっ、あの温泉入ってなかったなぁ」

「気に入った?」

「うん、静かだし……人目を気にしなくても良かったから」

「まあ、若い人は少ないしね」

「むぅ……そういう意味じゃないのに」

「はい?」

「別に、何でもないですよー」


(いや、膨れっ面してるし……可愛い……ァァァ! だから違う!)






 バスは走り……十分ほどで駅に到着する。


「こっからどうするの?」

「まずは普通に電車乗って……途中で降りて切符を買ったら、そこから特急に乗り換えだね」

「そ、そうなんだ」


 何やら、怯えてる?


「あれ? 遠出したことない?」

「う、うん……電車自体もあまり好きじゃなくて」

「何で……いや、ごめん」

「う、うんん……その、痴漢されたことはないんだよ? ただ、視線というか……」

「ああ、なるほど……」


 少し気まずくなったが、無事に電車に乗り……。


 乗り換えもして、特急に乗る。


 そして席に着いて……。


「さて、俺は本でも読むけど……静香さん?」

「うん……」


 彼女はうつらうつらしている……。


(うわぁ……まつげ長い……これですっぴんなのか……)


「別に寝ても良いからね? 俺は起きてるし、1時間半はかかるから」

「うん……そうする……」


 コテンと首を傾げて……俺の方に寄りかかる。


「ちょっ!?」

「……スゥ……」



「寝つき早……昨日、あんまり寝てないのか?」


(いや、あんなに楽しんでいたし……旅行も初めてだったから疲れたのかもな)


 俺は右肩に全神経が集中しつつも、本を読んでみるが……。


「ダメだ……全然内容が入ってこない」


(吐息がかかるし、下を向けば立派なお胸があるし……無理だろ!)


 結局、俺は石のように固まり……時間が過ぎるのを待つのだった。







 そして……。


「んぁ……あれ?」

「あっ、やっと起きたね」

「兄さん……? ご、ごめんなさい!」


 ずっと寄りかかっていたことに、彼女が気づいたようだ。


「良いよ、別に。大した重さじゃなかったから」

「よ、よだれとか出てなかった……?」

「さあ? どうだろ?」

「むぅ……意外と意地悪ね」

「そりゃどうも」


 すると……今度は深妙な顔をする。


「……言葉遣い変わってきたね」

「うん? ……嫌かな?」

「ううん、遠慮がなくて良いと思う」

「静香さんも変わってきたよな」


 以前は、口調も言葉も固かったけど……。

 今では随分と柔らかくなって、年相応になってきたし。


「……そうかも。でも、兄さん限定だし」

「そ、そう……」

「べ、別に深い意味はないから」

「わかってるよ。ほら、降りよう」


 ホームに到着したので、電車から降りる。


「さて……ここまでくれば、もうすぐだね」

「に、兄さん……」

「ん? どうしたの?」


 すると……キュルルーという可愛い音が鳴る。


「へっ?」

「あぅぅ……」

「お、お腹減った?」

「う、うん……あれ、美味しそう」


 静香さんが指差す方には、立ち食い蕎麦屋さんがある。


「ん? あれで良いの?」

「実は……ずっと興味があって……でも、男の人が多いし……」

「確かに女性一人じゃ入り辛いかもね。わかった、あそこで食べよう」

「にいさん、ありがとう!」


(だから、その笑顔は反則なんだって……)




 そして、店に入り……。


「何が良い? 奢るよ」

「えっ? だ、ダメだよ!」

「それくらい奢らせてよ」

「でも……」

「妹は兄に甘えるのも仕事だよ」

「むぅ……ずるいわ」

「ほら、後ろ詰まってるから」

「じゃ、じゃあ……天ぷら蕎麦で」

「了解。俺は肉うどんにするかね」


 それぞれ注文を済まして……すぐに商品が出てくる。


「早い……凄いわね」

「クク……」

「わ、笑うことないじゃない」

「ごめんごめん」


 並んで立つと……彼女が髪をポニーテールにする


(クソォォ……可愛い……うなじとか綺麗だし……)


 俺的はドストライクで……決心が揺らぎそうになる。


「兄さん?」

「い、いや、食べよう」


 二人で頂きますを言い……。


「あっ……美味しい」

「あんまり食べない?」

「うん、そうかも。家で作るってなると時間もかかるし、蕎麦とかうどんって意外と高いじゃない? 具材とかも多いし……かといって、ないと寂しいし」

「確かに……俺も家では食べないや」


 家ではラーメンのが楽だし、食べるとしてもカップ麺だ。


「学校帰りに、こういうところで食べるのが夢だったの」

「あぁ、わかる気がする。俺も高校生になったら、すぐに食べたし」

「うちの学校の駅中にもあるけど……入り辛いし」

「まあ、注目はされるだろうね」




 そして食べ終え……無事に家に帰宅する。


「ふぁ……疲れたね」

「さすがにね……俺は寝るよ」

「私も、もう一回寝るね」


 それぞれおやすみを言い、俺は自分の部屋に入る。


 布団の中で、俺は自分に言い聞かせる。


(旅行中のことは忘れろ……彼女はただ、兄である俺に甘えただけだ……決して、勘違いをするな……明日からは、また普通に戻るかもしれない)


 そりゃ……俺だって……何か距離感が近いかなって思うけど。


 もう、勘違いして振られるのは嫌だ……。


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