第33話 旅行最終日

 その後、お土産を買い……親父達と合流する。


 そして再び車に乗って、今度は有名なダムを見に行く。


 到着して車を降りると……お土産の話題になる。


「春馬、誰に買ったんだ?」

「とりあえずバイト先に……あとはトシかな」

「静香は誰に買ったの?」

「理沙には買ったし……バイト先のは兄さんと一緒かな」

「こいつもな、友達が少なくてなぁ……」

「静香もなのよ〜もう作っても良いって言ったんだけど……」


 俺たちは顔を見合わせて……。


「さ、さあ! 行こうか!」

「そ、そうね!」


 分が悪いと思い、俺たちは足早に歩いていく。





 結局、二人を置いて……ダムの景色を眺める。


「ふぅ……まいったね」

「ふふ、そうね。友達が少なくて何が悪いのかな?」

「まあ、世代的なものもあるんじゃないかな?」

「そうかも。でも、結果的に二人きりにさせたから良いかも」

「それは言えてる」


 すると風が吹き……彼女の髪をなびかせる。


「良い風ね……」

「あ、ああ……」


 白いワンピースに青のカーディガン着てる彼女の姿は……。

 とても絵になり……いつまでも見ていたいと思わせる。


「どうしたの?」

「いや……似合ってるね、その格好」


(……俺は何言ってんだ!? )


 気がついたら、言葉に出していた。


「そ、そう? ……ありがとぅ」

「い、いえ……」

「これね……お母さんが、買ってくれたの」

「えっ?」

「うち、お金が無くて……だから、綺麗な洋服も持ってなかったし……それに古いアパートに住んでいて……小さい頃はお父さんがいつもいたから、友達も呼べなくて……だから、友達も出来なくて……みんなお洒落な格好だし、家に遊びにいくと綺麗な家で……お父さんが働いてるの」


 俺は黙って、彼女の話を聞く。

 きっと今は、俺の返事は求めていないと思ったから。


「離婚してからも、お母さんに迷惑はかけられないから……なるべく家のことをしたり、勉強を頑張ったりで……遊ぶ暇もあまりなくて……でもね、高校生に上がる時にね……お母さんが買ってくれたの。これ着て、友達と遊びなさいって……」


(そっか……彼女は呼びたくても呼べなかったし、友達も作りたいけど作れなかったんだ。俺とはまた違う意味で)


「ご、ごめんなさい……こんな話しされても困るよね」

「いや、気にしないよ。じゃあ、親父に服を買ってとか言ってみたら? 多分、喜んで買ってくれるよ?」

「そ、そんな! 迷惑かけちゃう……」

「親父としては気を使われる方が可哀想かもね」

「……そうなの?」

「ああ、息子が保証するよ」

「ふふ……ありがとう、兄さん……励ましてくれて」


 そこからしばらくの間、景色を眺めながら黙り込むのだった……。









 日も暮れてきたので、宿へと帰る。


 親父と由美さんは喫茶店でお茶をして……。


 俺は約束通り、彼女とゲームをする。






 そして……彼女は意外と負けず嫌いだということがよくわかった。


「もう一回!」

「いや、もう夕飯の時間だし……」


 昨日と同じ格ゲーをやって……最終面まで行けないのが悔しいらしい。


「むぅ……」

「いや、膨れても……そんなにやりたいの?」

「う、うん……こういうのやってこなかったけど、すっごく楽しいかも」


(……そりゃ、そうだ。そんな暇もお金もなかっただろうに)


「わかった。じゃあ、今度地元のゲームセンターに連れて行くよ」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、約束する」

「えへへ、嬉しい」


(……あれ? 二人で出かける? ……デート?)


 いやいや、兄妹で出かけることは変じゃないし。






 無事に説得?も出来たので、夕飯を食べ……。


 最後の夜なので、貸し切りで卓球をするのだが……。


「兄さん、弱いわ」

「い、いや、静香さんが強いんだよ」


(いや、反則だし)


 ゲームもそうだが、彼女は熱中すると周りが見えないらしい。


「もう一回!」

「はいはい……」

「どうして、さっきから前かがみなの?」

「気にしないで」

「ふーん? 変な兄さん」


(まあ……彼女が動くたびに谷間が見え隠れするんですよ)


 つまり、俺に勝ち目はありません。

 でも……正直言って眼福です。

 これが、勝負に勝って試合に負けたってやつかな……違うか?






 運動をした後は、それぞれ好きな風呂に向かい……。


 俺は一人でサウナ付きの風呂に入る。


「ふぅ……ちょっと落ち着かないと」


(凄かったなぁ……でも、言った方が良かったか?)


「そうすると、見てましたって言ったようなものだし……難しい」


(まあ、貸し切りだから良かったけど……)


「いや、そもそも他の人が見たからって……俺のモノじゃないんだし……ァァァ!」


 己の髪をぐしゃぐしゃにして、サウナ室でうなだれる。


(なんなんだ? この旅行中の彼女は……可愛すぎだろ)


「俺は距離を取るつもりだったのに……何を出かける約束してんだよ」


(静香さんが喜ぶから……こっちは意識しっぱなしだってのに……はぁ)







 その後、汗を流して風呂から出る。


 そして、部屋に帰ると……。


「おっ、来たか」

「じゃあ、やりましょう〜」

「兄さん、早く早く!」


 何やらテーブルを囲んで、三人が待っていた。


「ん? ……ああ、トランプか」

「ずっとやりたかったのよぉ〜」

「そうなんですか?」

「ほら〜私達も二人だし……」

「俺達も二人だったからやってこなかったろ?」


(なるほど……双方とも相手がやるタイプでもなかったから)


 カードゲームはものにもよるが、四人くらいがちょうどいいもんな。


「春馬君ってば、いつもバイトしてるから〜」

「す、すみません」

「あっ、違うのよ? もちろん偉いし、立派だなって思うわ」

「春馬、あれだな……たまには休んだらどうだ? お父さんだってな、今はそこそこ稼いでるんだぞ?」

「うーん……まあ、考えとく」


 俺が席に着くと……彼女が、肩を寄せてくる。

 その甘い香りに、サウナで発散したものが再熱しそうになる。


「兄さん、二人で休む日作ろう?」

「そうだね。今度、月に一回くらいは調整してみようか」


(家族団欒ってやつか……そうだよな、変な勘違いするところだった)


 俺が求められているのは、兄としての俺だ。


 彼女が時折甘えてくるのも、一緒に出かける約束をするのも……。


 そして——時に特別な顔を見せるのも。


 俺がどんなに彼女を好きになろうが……それだけは忘れちゃいけない。


 俺はこの日の夜に、自分の心の中に——重い鍵をかけた。


 これ以上、好きにならないように……。

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