第30話 楽しい時間

 夕飯を食べ終え、部屋に戻ったら……。


 既に布団が敷いてあった。


(……よくよく考えてみたら、同じ部屋で寝るのか。しかも、隣同士だし……あれ、今更緊張してきた……いやいや、親がいるし……ふつうにしてれば良いんだ)


「寝る位置をどうするかだね」

「私達が部屋に近い方がいいわよね〜歳も歳だから」

「そうだね。じゃあ、俺と由美さんは入り口側で」


 すると、静香さんが話しかけてくる。

 ……何故か、モジモジしながら。


「に、兄さんは端っこが良い?」

「うん? いや、どっちでも良いよ」

「じゃ、じゃあ、端っこでお願いします」

「うん、わかった」


 親父が全員を見回して……。


「よし、決まりだな。それじゃ、行くとするか」







 というわけで、予定通りにカラオケの時間である。


 俺達でも知ってるような、昭和世代の歌謡曲が流れる中……。


「ねえねえ、兄さんは何を歌うの?」

「うん? ……実は、最近のはあまり知らないんだよね」


(友達も少ないし、流行りなんかも疎いし……最近、ようやく夜に遊ぶ人?を知ったくらいだし)


「ふふ、そうなんだ。実は私も……平成初期の歌が好きなの」

「えっ!? ほんと!? 俺もなんだよね!」


 思わず、テンションが上がってしまう。

 何故なら、同年代に言うと『変なのとか、知らない』とか言われるからだ。

 スマッ○、スピッ○とかは、今の人達は知らない人も多いっていうし。

 アニソンでも、スレイヤー○とか、幽遊白○とか! あんなに名曲が多いのに!


「ほんと? よかったぁ……じゃあ、気にせずに歌おっか」

「ああ、そうだね」


(ああ、彼女と付き合えたなら……どんなに楽しいだろうなぁ。二人でカラオケとか行って……はぁ、やめよう——虚しくなるだけだ)


 その後、俺たちも懐かしの歌を歌って……。


 あっという間に二時間が過ぎる。






 カラオケが終わったら、一階のロビーで休憩をする。


「いやー楽しかった!」

「そうね〜、春馬君や静香の歌も知ってるの多かったものね」

「そうだな。よし! 明日も行くか!」

「あら〜良いわね」


 親父と由美さんは楽しそうにはしゃいでいる。


(良かった、幸せそうで……それだけは嘘じゃない)


 その時、静香さんと目が合う。

 その表情から察するに……同じことを思ったに違いない。






 親父達は疲れたので、このまま風呂に行くらしいので……。


「兄さんはどうするの?」

「俺? ……うーん、今は九時か。寝る前に風呂だから、少し遊んでくるかな」


 幸い、ここには小さいゲーセンもあるし。


「い、一緒に行っても良い?」

「えっ? ああ、良いけど……でも、二人で出来るようなものはないよ?」

「ううん、見てるだけで良いの。じゃあ、いこ?」


 よくわからないが、断る理由もないので……。

 そのまま、一階にあるゲームコーナーに行く。


「うわぁ……すごいね!」

「うん? 何かあった?」

「だって、50円だよ!?」


(めちゃくちゃテンションが上がって可愛い……しかし、その度にぷるんぷるんするのは勘弁してほしい……いや、見たいけど見たくないという……複雑だ)


「ああ、そういうことね。きたことないの? まだ、商店街とかにあるけど……」

「だって……なんか、危ない人達が多いってイメージで……」

「あぁ……否定はできないかなぁ。やんちゃな人が多いかも」

「兄さんは、意外とそういうの平気なのね?」

「うーん……そうかもしれない。話せば、意外と良い人だったりするしね」


 そんな会話をしつつ、お金を投入する。


「格ゲーってやつ?」

「随分と昔のやつだけどね」


 今やってるのは、ストリートナンチャラの初期の頃のゲームだ。


(……近いんですけど? さっきから、夢中で画面を覗き込んでいるから……髪が触れそうになるし……良い香りがするし)


「あっ! 負けちゃう!」

「くっ!」


(貴女のせいですよ!? 柔らかいの当たってるし!)


 その後、体制を立て直し……何とか勝利を収めた。


「ふぅ……せっかくならやってみる?」

「良いの?」

「うん、別に50円だしね」

「じゃあ……やってみる」






 さて……早速後悔しています。


「むぅ……!」

「妹さんや」

「もう一回!」

「まあまあ、明日もあるし」

「あと一回だけ!」

「わ、わかったから」


 どうやら、火がついたようだ。


(へぇ……意外と子供っぽいところもあるんだなぁ……いや、違うのかも)


「うぅー……負けたぁ……」

「まあまあ、明日もやろうよ」

「ほんと!? やる!絶対!」

「クク……よっぽど悔しかったんだ?」

「あっ——っ〜!!」


 すると、耳まで真っ赤になって俯いてしまう。


(もしかしたら……こっちが本来の彼女なのかもしれない。それが少しずつ剥がれてきて……複雑だけど嬉しいね)





 そのまま風呂に行き……。


 彼女が出てくるのを待って、部屋へと向かう。



「ありがとう、兄さん」

「いいや、俺でも男避けにはなるし」


 現にさっきのゲーセンでも、若い男達が彼女を見つめていた。

 まあ、可愛いから気持ちはとてもわかるんだけどね。


「ふふ、頼りになる兄さんね」

「そうなれてたら良いけど」

「充分助けられてるわ……ありがとう、兄さん」

「いえいえ、どういたしまして」


 静かな道をパタパタとスリッパの音だけが響きわたる。

 お年寄りが多いからか、十時半にもなるとひと気がほとんどない。


(……まるで、この世界に二人だけみたいだ)


「まるで、私達しかいないみたいだね」

「へっ?」

「ふふ、少し詩人過ぎたかしら?」

「い、いや……同じことを考えてたから」

「っ——! そ、そうなんだ……」

「ま、まあ、誰もいないし。それに、知り合いもいないしね」

「そうなのよね……ここなら、存分に甘えられるかなぁ……」

「ん? なんか言った?」

「ううん、何でもない。ほら、いこ」





 部屋に戻ると……。


「あらあら……寝てるわね」

「明かりもついてるし……酒もあいてる……まあ、今日くらいは多目にみるか」


 それぞれの親を布団に入れ……俺達も寝る体勢に入る。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 彼女が隣にいて寝られるか心配だったが……。


 意外にも俺の意識は……すぐに沈んでいく……。





 ◇◇◇◇◇



 ……寝ちゃった……。


 兄さんの寝顔を見て……なんだか、安心してる自分がいる。


「やっぱり……好きなのかな?」


 私は布団に潜りこんで、この間のことを思い出す……。






 ゴールデンウィークに入る前に……。


 理沙の家にお呼ばれしたのよね。


「ゴールデンウィーク行っても良い!?」

「えっ? う、うん……平気」

「うーん? 嫌なら無理強いしないよ?」

「ご、ごめん。そういうアレじゃなくて……」


 私は悩んでいた。

 兄さんとどうしたら良いのか、どうしたいのか……。

 だから、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 そして、理沙なら……良いと思えた。


「あ、あのね……実は……」


 同じクラスの男の子が、義理の兄になったこと。

 その人は振った相手だけど、今更好きになってしまったかもということ……。

 勇気を出して、それらを伝えてみた。


「へぇ〜! そんなことってあるんだね! 振った後に気づいたんだ? 一緒に暮らしてみて、なんか良いなぁって」

「う、うん……もちろん、その前から良い人だなとは思ってたのよ」

「そっかそっか……色々難しいね。相手からしたら、はぁ?って話だし」

「うぅ……そうよね」

「家族のこともあるし……人目もある……学校もかぁ……」

「そうなのよ」


 そこら辺が絡まって……よくわからない状態になってる気がする。

 最近では、距離感もわからないし……。


「旅行行くんだよね?」

「えっ? そ、そうだけど……」

「そこなら両親しかいないし、別行動だろうし……思いっきり楽しんで甘えてみたら? それで、まずは自分の気持ちを確かめるとかさ」

「……なるほど」

「あと、相手の反応とかさ。家族に関しては……言い方悪いけど、親だって好き勝手に結婚したんだから、こっちだって好き勝手しても良くない?」

「そ、そんなこと……」

「まあ、私は他人事だからね。まあ、考えてみたら?」








(そうだ……相変わらずハキハキ言う子だけど、何だかんだスッキリしたのよね)


 だから、この旅行中はあまり気にせずに自然体でいようと決めた。


 そのせいか、少し甘えちゃった気もするけど……。


 でも……ううん、答えを出すのは早いよね。


 私は明日に備えて、目を閉じるのでした……。

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