第29話 色々揺れる

 そして、一時間くらい泳いだあと……。


「ちょっと寒いかも……」

「はしゃぎすぎだよ」

「だって……こんなにのびのびと泳げることないもの。それに、旅行だって……前のお父さんは、一切連れてってくれなかったから。もちろん、お金がなかったから仕方ないんだけどね。それでも、公園とかには連れてって欲しかったかなぁ……」


(……いかん! せっかくの楽しい旅行なのに暗くさせてはいけない!)


「そっか……じゃあ、そのうち遊園地でも行こうか?」

「えっ?」

「まあ、その……静香さんが嫌じゃなければだけど」

「……兄さんと? デートみたいに?」

「ほ、ほら! 俺なら勘違いしないしさ!」

「……ふふ、ありがとう。じゃあ、その時はお願いするね」


 そう言い、微笑む彼女を見て……。


(……意識持っていかれるかと思った。とりあえず、元気出たから良かったかな)








 そのままの格好にタオルを巻いて、すぐ近くにあるお風呂に直行する。


「女湯は上なのね」

「うん、男湯は下だね」

「じゃあ、このマッサージ機で待ってて」

「ゆっくりで良いよ」

「ありがとう、それじゃあ」


 彼女はスリッパの音を立てて、脇にある階段を上っていく。


「あっ——忘れてた……まあ、平気か」






 俺も男湯の方に行き、水着を脱いで温泉に入る。


「ふぁ……気持ちいい」


 この四万温○というところは、お風呂がいっぱいある。

 故に、混み合うということがない。

 下手をすると貸し切りに近い時もある。

 今も、おじいさんが数名いるだけなので、のんびりと浸かっていられる。


「さて、熱い方に行くか」


 この温泉には三種類の風呂がある。

 それぞれがぬるい、普通、熱いとなっている。

 プール上がりに使う人が多いので、そういう仕様になっているらしい。


「ぁぁ……! 染み渡る……!」


 ぬるいお湯から、熱いお湯に浸かると……なんとも言えない快感が。


「へっ? ……兄さん!?」


 上の階から、静香さんの声が聞こえる。

 そう、この男湯と女湯は繋がっているのだ。

 吹き抜けになっており、覗くことはできないが声は聞こえる。


「湯加減はどう?」

「え、ええ……いい湯ね」

「でしょ? 広いし人も少ないから良いよね」

「う、うん……へ、変な感じね」


(……言われてみれば……相手は裸なわけで……)


「兄さん? 何を考えてるの?」

「い、いえ! 何も!」

「もう……」

「お、俺は出るからごゆっくりどうぞ!」




 頭に血が上った俺は、慌てて風呂場から脱出する。


「ふぅ……危ないところだった」


 ひとまず扇風機に当たり、頬を冷ます。


「ヴァァァァ——」


 誰でも一度はやるであろう、扇風機の前で声を上げて変な声を出す。


(頭を冷やせぇぇ——! 心頭滅却せよォォ!!!)


 妹の裸を思い浮かべる兄がどこにいる!?

 ……ここにいたァァァァ!






 五分ほど経ち、ようやく落ち着く。


「さて……髪を乾かして待つとしますか」


 ささっとドライヤーで髪を乾かして、外のマッサージ機に座る。


「ぁぁ……これも良い」

「兄さん、お待たせ」

「ああ、早やかっ……」


(ゆ、浴衣を着てる!? い、いや、俺も着替えたけど!)


 着替えとして、部屋にある浴衣を持って出かけたが……何という破壊力。

 ほんのりピンク色の肌……湯気が出て、目眩がするような色気。

 何より……強烈なアレが主張しています。

 というか……少し動くたびに揺れてます。


(何故だろう……水着よりも良いと思ってしまうのは……)


「兄さん……見過ぎ」

「す、すみません!」

「もう……別に良いけど」

「はい?」

「兄さんなら、信用してるし……男の子って、エッチなのは仕方ないんでしょ?」

「ハハ……ゴメンナサイ」

「そ、それより、私も隣いい?」

「そりゃ、もちろん」


 並んでマッサージ機に座り……。


「んぁ……」

「……」


 彼女から、色気のある声が漏れている。


(さっき、落ち着かせたのに……が、頑張って! 俺!)








 その後、部屋に戻ると……。


「ふぁ……」

「少し寝ても良いよ。まだ五時くらいだしね」

「……そうしようかな……じゃあ、三十分くらいで起こして……」

「うん、わかった」


 座布団を何枚か敷いて、その上で寝転がると……。


「すやぁ……」

「何と寝つきの良いこと」


 親父たちは、まだ帰ってこない。

 さっきまで部屋にいたらしく、書き置きがあった。

 ……これから、風呂に行くと。


(……馬鹿か、俺は……一瞬、何を考えた?)


 そもそも、そんな勇気もないし、資格もない。


「何より……彼女の信頼を裏切ることだけは出来ない」


(……こんなに無防備な姿を見せてくれるってことは、やはりそういうことだと思うし)


 それでも……俺の想いは揺れ続ける。





 そして、二人が戻って来る頃に彼女も起きて……。


 六時になったら、共に夕飯を食べる。


 バイキング形式なので……。


「わぁ……どれから食べよう? 兄さん、どれが美味しい?」

「おススメは、アレだね」


 俺は視線で誘導する。


「あれって……ローストビーフ?」

「ああ、そうだよ。一枚一枚切ってくれるんだ」


 シェフがいて、頼むと一枚一枚切ってくれる。


「す、すごいわね……じゃあ」

「あと、プリンやケーキも食べ放題だから」

「……なんて?」

「へっ? い、いや、ケーキやプリンも……」

「何処?」


(めっちゃ真剣な表情……そういや、ケーキとか好きだったね)





「こ、ここだよ」

「むぅ……いっぱいあるわ」


 ショーケースの中には、小さいサイズのケーキが豊富にある。

 ショートケーキ、モンブラン、チョコ、チーズケーキなど……。


「ま、まずはご飯を食べたら?」

「……無くならない?」

「……ははっ!」

「わ、笑うことないじゃない……」

「ごめんごめん、無くならないないよ。減ったら追加されるからね」

「そ、そういうことね……じゃあ、後にする」


(こういう意外と子供っぽいところとか……俺だけが知っているんだろうね……でも、それは俺が兄さんだからということを忘れてはいけない)





 それぞれ皿に盛って、席に着く。


 いただきますをして食べ始めると……。


「おお、懐かしい味だ」

「うん、確かに。相変わらず美味しい」

「ローストビーフ美味しい……」

「ふふ、そうね。お母さんもおかわりしちゃおうかな」

「わ、私も!」


 そう言って、二人が席を立つ。


「連れてきて良かったな……」

「うん、そうだね。静香さんも楽しそうだよ」

「まさか、再びこんな日が来るとは……」

「ちょっと、泣かないでくれよ」

「す、すまん……」


(……大丈夫だよ、親父。きっと、この先もずっと続いていくからさ)


 ……そう、それで良いんだ。

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