第28話 プールに行く

 その後、親父達が来たので……。


 四万グラウン○旅館の中に入る。


 親父と由美さんが受付を済ませている間……。


 興味津々な静香さんに、俺は質問攻めを受けていた。


「へぇ……受付は普通のホテルみたいな感じなんだね」

「まあ、そうだね。坂を登った先にある旅館もあるんだけど、そっちはいかにも旅館って感じだよ。まあ、値段が大体一万くらい違うからね」


(親父とどっちにするか悩んだけど、こっちの方がバイキング形式だし……それにカラオケやゲームとかもあるから良いかなって。四人だと結構な額になっちゃうし)


「す、凄いわね……じゃあ、温泉やプールは入れないの?」

「いや、フリーパスっていうのがあって……八百円くらいだったかな? それかあれば。上の施設も使えるよ」

「それくらいなら自分でも払えそうね」

「プールに入るの? そういや、色々持ってきてたね」


(だとしたら……俺はどうする? もちろん、持ってきてはいるが……見たいが、見たらただでは済まないよねー)


「うーん……ここなら人も少ないかなって。お年寄りが多いんでしょ?」

「こういってはなんだけど、娯楽はないからね。若い人が来ても退屈だろうし」

「じゃあ、入りたいかな。幸い、暖かいし……に、兄さん」

「うん?」

「その……あの……一緒に入ってくれる?」

「……へっ?」


(……一緒にプール? それはどういう意図だ?)


「べ、別に変な意味じゃないから!」

「わ、わかってるよ!」

「その……ボディーガードが欲しいなって」

「ああ、そういうことね」

「に、兄さんなら……見られても良いし」


(……どういう意味だ? いや、一つしかないだろ。これが信頼ということだ)


「わ、わかった。じゃあ、あとでパスを買わないとだね」

「う、うん……あと、あそこにある店は?」

「うん? ああ、あれね」


 ホテル入り口の右側には軽食店があったはず。


「あそこは喫茶店みたいな感じかな。お昼ご飯とか食べたりするよ。俺たちは朝と夜のご飯付きの形だから、昼ごはんは自分達で食べないとだし」


(そう、それも昼ごはんがない安い方を選んだ理由だ。これなら、地元の美味しい飲食店にもいけるしね)



 すると……。


「おーい! 行くぞー!」

「静香ー!」

「おっと、行こうか」

「そうね」








 仲居さんに案内され、エレベーターに乗り……。


 景色が見える四人部屋に通される。


 そして全員の目には、素晴らしい景色が広がる。


「相変わらず、良い景色だな」

「だね、親父。この部屋で正解だったね」

「うわぁ……お母さん!」

「すごいわ〜目の前に川が流れてるし、少しだけ滝の音も聞こえるわ」


 その後、仲居さんに説明を受けたら……。


「今は二時か……昼ご飯はさっき食べたし、自由行動にするか?」

「私、少し休みたいわ〜」

「じゃあ、二人で喫茶店でも行こうか?」

「あら、良いわね」


(この二人も、大分夫婦らしくなってきたな。二人の口調が砕けてきたかも)


 すると、静香さんが耳打ちしてくる。

 その感触に、心が高まるのを押さえる。


「ねえねえ、兄さん」

「なんだい、妹さんや」

「ふふ、何それ……二人とも、柔らかくなったよね?」

「うん、そうだね」

「……本当の家族みたいだね」

「……ああ、そうかもね」


(……そう、これで良いんだ。これが全員が幸せになる方法だ……もう二度と、親父の家族を壊すわけにはいかない)






 というわけで、夫婦水入らずにするために……。


 俺たちは別行動をとる。


「さて、何からしたい? 合わせるから好きに選んで良いよ」

「うーん……まずはプールに行きたいかな? 陽があるうちに。あと、明日が晴れるとも限らないよね?」

「まあ、その通りかもね。じゃあ、パスを買って向かうとしようか」

「うんっ!」


 彼女は子供みたいに笑っている。

 それが嬉しくもあり……兄に向けられたものかと思うと——少し悲しくなる。








 ホテルを出たら、坂を登る。


「結構急な坂だね」

「でしょ? そういやさ」

「どうしたの?」

「ゴールデンウィークの四日目、トシ……鈴木俊哉が来たいってさ」

「鈴木君が? わかったわ。その日は出かけることにするね」

「ごめんね」

「ううん、なんで兄さんが謝るのよ? 私のために隠してくれてるのに」


(まあ、俺には隠す理由もない……のか? いや、色々と面倒ではあるよな。できれば、目立たなく過ごしたいわけだし)


「そっちはどう?」

「実は……私も、ゴールデンウィークの最終日にどうかなって言われてて」

「じゃあ、ちょうど良いね。その日は俺が出かけるよ」

「そうね、そうすれば平等よね」





 そして坂を登りきり、パスを見せて中に入る。


 通路を通って、エレベーターに乗る。


「こっちのお風呂はどんなのがあるの?」

「露天風呂とか、川の景色を眺めながら入る風呂もあるよ」

「素敵だわ……プール上がりに入りたいかも」

「プールのすぐ側にあるから、着替えなくても行けるよ」

「なるほど、理にかなってるわね」


 エレベーターを降りたら、屋外に出て……プールがある場所に到着する。


 そして更衣室があるので、その中で着替える。


 男である俺は、すぐに出てきて彼女を待つ。


「よし、ほとんど貸し切り状態だな。子供連れがいるくらいか」

「に、兄さん……」

「あっ、来たんだ……ね」


 振り返った瞬間——思考が停止する。


「………」

「あ、あのぅ……」

「ご、ごめん」


 すぐさま視線を逸らして、前を向く。


(おいおい……なんつー破壊力だよ)


 白のビキニに包まれた彼女は、俺の思考を停止させるには充分だった。

 デコルテがあり、垂れることなく主張する大きい胸。

 真っ白で、綺麗な肌……すらっとして長い手足。

 まるで、グラビア雑誌から出てきたような感じだ。

 いや、それ以上の可愛さだ。


「ふふ、兄さんだから許してあげる」

「へっ? あ、ああ、ありがとう?」

「ほら、いきましょ」




 円形方のプールに入るが……彼女の胸が浮いている。


(……浮くって本当だったんだな)


 俺は下半身に力がいかないように全神経を集中させる。


「兄さんは泳げるの?」

「まあ、普通にはね」

「じゃあ、競争しましょ!」

「うん、良いよ」


 珍しくテンションが上がっている彼女に付き合って……。


 ひたすら泳ぎ続ける。







 そして……。


「あぁ——! 疲れた! でも、気持ちいい!」

「珍しいね」

「はっ——あぅぅ……」

「い、いや、良いんだよ」


 恥ずかしがってモジモジすると……谷間がどえらいことに。

 俺の息子もどえらいことに……我ながらひどいな。


「あ、あのね……泳ぐのは好きなの。でも、みんなが見てくるから……特に男の人が」

「まあ……それだけ魅力的ならね」

「兄さんも?」

「へっ? い、一般論だよ」

「ふふ、兄さんなら良いよ?」


(……これはどういうことだ? テンションが上がってるからか?)


「そういうことは軽々しく言うんじゃありません」

「はーい……えへへ、今のお兄さんぽかったね」


(つまりは兄さん……翻弄されとる)


 ……最近、また距離感が近くなった気がする。


 それはもちろん良いことなんだと思う。


 でも……俺の中の誰かが言う。


 それは家族としてなのかと……。


 もしかしたら……いや、そんなわけがない。


 俺は彼女に振られているのだから……。


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