第19話困惑

 結果から言うと、バイトの件はあっさり通った。


 バイトを終えた俺は、家に帰ると……。


 静香さんに手招きされる……彼女の部屋へと。


 ……ドキドキするのは仕方のないことです。



「ど、どうだった?」

「うん、ひとまず面接をするってさ。明日は平気?」

「ありがとう、兄さん。ええ、平気よ」

「ただ、お母さんに報告しないとね」

「そ、そうよね……」

「大丈夫、俺も説得する」

「兄さん……ふふ、心強いわ」





 というわけで、寝ちゃう前に聞くことにする。

 二人で、リビングにいる由美さんに話しかけるが……。

 どうやら、親父は風呂に入っているようだ。


「お、お母さん」

「んー? 二人してどうしたのかしら?」

「わ、私、バイトを始めたいと思うの」

「……少し話を聞くわね〜」


 テーブルに座り、説明をする。


「なるほど、そういうことなのね。ええ、いいわ」

「……いいの?」

「もう高校生だもの。今までは二人だったから、私が守らなきゃって思ってたけど……春馬君が一緒なら安心だわ。春馬君、娘が迷惑をかけますがよろしくお願いします」

「あ、頭をあげてください! その……家族なんですから」

「春馬君……嬉しいわ。この子、男の人が苦手だから色々心配だけど……」

「一応、その辺りのことは聞いています」

「あら? ……ふふ、随分と信頼しているのね?」

「お、お母さん!」

「いいじゃない。本当に春馬君で良かった……穏やかで優しい子で……」

「お母さん……泣かないでよ」

「ごめんなさいね……春馬君、本当にありがとう」

「いえ、俺は何も……」

「少し、この子とお話しても良い?」

「ええ、もちろんです。じゃあ、俺は部屋に戻りますね」

「兄さん、ありがとう」




 俺はベッドの上に乗ってため息をつく。


(……俺は、由美さんの信頼を裏切るわけにはいかないな)


 褒められたはずなのに、俺の胸の痛みは増していく……。

 何故なら……俺はそんな大層な男じゃないからだ。









 翌日、店の昼休憩に入るが……。


 俺は上がる時間にも関わらず、店の中をウロウロしている。


(へ、平気かな? いや、子供じゃないんだし……)


 すると……店のドアが開く。


「こ、こんにちは」


 そして、恐る恐る店へと入ってくる。


「いらっしゃい。じゃあ、奥の席に座ってね」

「う、うん……」

「大丈夫だよ、見た目は怖いけど良い人だから」

「おい? 聞こえてるぞ?」

「イテッ、あれ? いつの間に……」


 いつの間にか、後ろに立っていた店長に頭をはたかれる。


「全く……まあ、慣れてるから良い。じゃあ、早速始めるとしよう。春馬、お前に関係なく厳しくいくからな。というわけで、さっさと裏に行け」

「はいはい、わかりましたよ。静香さん、頑張ってね」

「うん、兄さん」


 物凄く気になるが、俺は裏に行ってじっと待つ。







 小説やネット小説を見る気も起きず、そのまま待つこと10分くらいだろうか……。


「春馬、終わったぞ」

「そ、それで!?」

「当時のお前の方がよっぽど緊張してたな。もちろん、合格だ。ほれ、今日はもう上がりだろ? 外で待ってるから行ってやれ」

「はいっ! お疲れ様ですっ!」


 俺が裏口から出ると……。


「兄さん!」

「わぁ!?」


(や、柔らか! えっ!? なんで抱きつかれてるの!?)


「ありがとう!」

「な、何が?」


(待って! 髪から何やら良い香りが! 俺の息子が!)


「すっごく緊張したんだけど……兄さんが側にいるって思ったから……」

「そ、そっか……あのですね……」

「っ〜!! ご、ごめんなさい!」


 今更気づいたのか、ようやく離れてくれた。


「い、いや、気にしないで」

「あぅぅ……」


(顔真っ赤だし、耳まで真っ赤……いや、勘違いするな。ただ、感極まっただけだ。そして、俺は信頼されているってことだ)


「と、とりあえず、おめでとう」

「う、うん、ありがとう」

「じゃあ、これからよろしくね」

「はい、先輩?」


(ぐはっ!? 何これ!? 首を傾げてからの先輩って!)


「ふ、普通で良いよ。兄さん……じゃアレか。篠崎君? いや、この店に学校の奴らが来る可能性はゼロじゃない……」

「は、春馬君って呼んでも良い?」

「へっ?」

「だって……バイトの人は、そう呼んでるじゃない」

「まあ、そうだけど……ややこしくない?」


(家では兄さん、学校では篠崎君、バイトでは春馬君って……)


「そうかもしれないけど……私だけ距離があるみたいじゃない」

「……へっ?」

「バ、バイトで私だけ呼び名が違うと仲間外れみたいかなって!」

「……なるほど、一理あるかな?」

「そ、そうよ……じゃあ、そういうことで。に、兄さんは、この後どうするの?」

「いや、特に予定はないよ。静香さんは?」

「私もないかな。じゃあ、買い物していこ?」

「良いけど……なんの?」

「夕飯の買い物よ。お母さんが、一緒に買ってきなさいって」

「ああ、そういうことね。うん、付き合うよ。荷物運びがいるしね」

「ふふ、頼りにしてるわ」


 そう言って、彼女は見たことないような笑顔を見せる。

 心なしか、スッキリしたような……。

 距離感といい……俺はドキドキしたまま並んで歩くのだった。

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