第12話ライン交換とお話し

 寄り道をして、俺が家に帰ると……。


 パタパタとスリッパの音が聞こえる。


「篠崎君……に、兄さん、お帰りなさい」


「ただいま、静香さん。別に篠崎で良いよ? 結局、同じクラスになっちゃったしね」


「でも、それを言ったら、兄さんだって中村さんになっちゃうわよ?」


(……うん? 何か、感じが違う? 雰囲気が柔らかいような……)


「まあ……ね。両親の目もあるから、上手く使い分けるしかないね」

「うん、そう思う。その……ありがとう」

「えっ?」

「さっき、助けてくれたでしょ? 私、そんなつもりはなくて……」

「いやいや、大したことしてないから。吉野先生に視線を送っただけだし、自分も帰りたかったし」

「ふふ、色々な意味で兄さんらしい。あっ、ごめんなさい、まだ靴も脱いでないのに」

「ううん、平気だよ」


(そっか、もしかしたら少し信頼されたのかもしれない。よし、この調子で頑張っていこう。そうすれば、家族として仲良くやっていけるかも)



 俺は靴を抜いで、うがい手洗いを済ませ、リビングに向かう。


「兄さん、お昼ご飯は?」

「あっ、ごめん。食べて来ちゃったんだ」


(また、何時もの癖が出てしまった。始業式の日とかは、昼前に終わるし)


「ううん、謝ることはないわ」

「静香さんは?」

「私は、家で軽く食べたから」

「偉いなぁ」

「そんなことないよ。それに兄さんは、自分のお金でしょう?」

「まあ、そうだけど」

「兄さん、ひとまず席に着いてくれる?」

「うん? ああ、良いけど」


 リビングのテーブルにつくと……彼女が、隣に座ってくる。


(うわっ!? 近っ!!)


 ふわりと香る甘い香り……触れるか触れないかの距離感……。


「ど、どうしたの?」

「兄さん、スマホを出して」

「へっ?」

「昨日言ったでしょ? ラインのグループ作ろうって」

「あ、ああ」

「兄さん、やったことないっていうから一緒に設定しようかと思って」


(な、なんだ、そういうことか。わざわざ時間を作ってくれたっていうのに……俺はやましい気持ちになって……はぁ、情けない)


「そっか、わざわざ悪いね。じゃあ、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。私も、あまり詳しい方じゃないから。友達と一緒にやったから、少しはわかると思う」




 そして……設定を続けるが……。


「このボタンを押して……兄さん?」

「はいっ! 聞いてます!」


(さっきから、太ももやら胸が当たってる!? 教えるうちにどんどん近づいてきて、もはや俺は身動きが取れない! 気づいてなさそうだけど……指摘したら意識してることがバレるし……ここは耐えるしかないか)


「なら良いけど……はい、次は……」


(これは長い戦いになりそうだ……我が息子よ、今しばらく辛抱してくれ)







 そして、十分後……。


「はい、これで良いはずよ」

「ふぅ……ありがとね」

「ううん……っ——!?」

「ご、ごめん!」


(至近距離で目があってしまった……大きくて綺麗な目だった。まつげも長くて、肌なんかきめ細やかで……)


「い、いいえ、こちらこそ……あぅぅ……」


(恥ずかしがっている? ……可愛い。普段のクールさを知っているからなおさらに)


「そ、それより! 吉野先生何か言ってた?」

「う、うん! ……当たり前だけど、私たちのことは知ってたわ」

「まあ、担任の先生だからね」

「兄さんと知り合いなの?って聞いたら、本人に聞けって……」

「ああ、なるほど。ということは、話してもいいってことか。別に大したことじゃないんだよ。あの人は、教室で一人でいた俺に気にかけてくれてね……」

「そういえば、そうだったわ。兄さん、いつも鈴木君以外とは話してなかった」

「まあ……親が離婚した時に、色々と言われてさ。だから、極力学校では静かに過ごそうと思って」

「……同じなんだ」

「えっ?」

「私も、そう……親が離婚した時に、色々あって……あんまり深く関わらないようにって」


(そっか……最初から、彼女に感じていたシンパシーはこれだったのかも)


「そうなんだよなぁ……仲良くなれば、いずれそういったこともわかっちゃうしさ。その時に可哀想って思われるのがね……」

「うん、すっごくわかる。それに親の悪口を聞くと、少し……イラっとする」

「あぁー、大したことないじゃんってこと?」

「うん、きちんと働いてて、お金を入れて、家族とコミュニケーションをとって……もちろん、その子にとってはそうで、悪気はないとわかってるんだけど」


(うん、わかる……俺も、何を贅沢なことをと思ってしまった)


「そうだね。それで、なんだっけ?」

「どうして仲がいいの?」

「あの人……中学の時に母親を亡くしてるんだ。だから、少しは気持ちがわかるって」

「……そうだったのね」

「うん、色々と言われたみたいで。ただ、押し付けたりはしない人でね。友達は作った方がいいとか、クラスに馴染めとか言わないし……いい先生だよ」

「へぇ……確かに緩いけど、締めるところは締める感じするかも」

「だよね? それで、学校内だけが全てじゃないって言われて、バイトを勧められたんだ」


(外の世界には色々な人がいて、その中には話の合う人もいるかもと……お陰で、俺は店長や色々な人の話を聞いて……自分ばかりが不幸だと思い込んでいたことを恥ずかしくなったんだ。それで学校での生活が変わるわけじゃないけど、少しだけ余裕ができたんだよね)




 その後も、それぞれに思ったことを質問し合う。


 その時間は穏やかで、とても心地が良い時間で……。


 多分いい意味で、それぞれが言葉を選んで話しているから……。


 俺たちは、結局着替えることも忘れて、話に夢中になるのだった。

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